そのいち 4
『魔法世界』とは言っても、数学などの授業内容は普通と変わりはなかった。担当の先生も同じで安心してたんだけど、普通とは違う授業があることも気付いていた。
私にとってそれが『魔法世界』での一番の問題かもしれない。
「『魔術』に『魔術理論』か…」
次の時間がその『魔術』の授業だった。私の知っている時間割りではその時間は『体育』のはずなんだけど、ここでは『魔術』に入れ替わっている。どうやら『魔術』の時間は体育も兼ねているらしい。どうしたものか…何の対策も練れないまま今私は、グラウンドに居る。
そうだ!『体調が悪いから』って、見学させてもらえばいいんだ!そうすれば授業を受けずに済むし、ボロも出さずに済む。
名案(?)を思いつき、早速担当の先生の所へそのことを伝えに行こうとして隣に居た梢ちゃんに腕を掴まれ止められてしまった。
「あれ?那美どこ行くの?もうすぐ授業が始まるよ?」
「あーうん…なんかちょっと急に体調が悪くなってきたから休ませてもらおうかと思って…」
「えっ…大丈夫?」
梢ちゃんは一瞬、本当に心配そうな顔をしたがすぐに疑わしい眼差しで私の方を見て、
「ん??今まであんなに元気だったのに、おかしいなあ…」
「い…いやでも…ホントに体調が…」
「さっきクラス中を騙すような名演技を披露した大女優様とは思えないねぇ」
バレてるし…
梢ちゃんは私の顔をまじまじと見て一言。
「那美?嘘つきの顔になってるよ?」
「ごめんなさい」
素直に謝った。梢ちゃんに嘘は通用しないと思ったからだ。そんな私を見て苦笑いを浮かべながら梢ちゃんは、
「もう!いくら魔法が使えないからって、ずる休みするのはよくないよ!実技が駄目なら理論の方で取り返せばいいんだしね」
ん…?今、何と仰いました?
「いや、だから魔法が使えないからって、ずる休みするのはよくないよって…」
それを聞いて、私に光明が差し込んだように思えた。そして梢ちゃん、あなたの後ろには後光が差しているのが見えます。あなたは私の救世主です!
どうやら『魔法世界』の私は『魔法を使えない』ということになっているらしい。もちろん実際に魔法なんてものは使えないわけで、この情報は非常にありがたかった。
私は梢ちゃんの両手を力強く握り締め、心の底から感謝を述べた。
「ありがとう梢ちゃん!私、魔法を使えなくてホントに良かった!」
「いや…魔法が使えないのはあんまり良くないけど…でもやる気になってくれてよかったよ」
話しているうちにチャイムが鳴り、授業が始まった。今日は男女ともに魔術を使ったサッカーをやるらしい。ボールに魔法をかけて、燃やしたり、それを水や氷の魔法で消して雷の魔法をかけて相手に返したり…これぞ『燃えサッカー』!でも、見る分には楽しそうだけど、魔法の使えない私にとっては、危険極まりないサッカーだ。
それを先生もわかっているらしく、私だけ皆がドッカンドッカンやっているグラウンドから離れ、隅っこで一人特別授業を受けている。まるで、さらし者のようでとっても恥ずかしい。
「ちなみにこの授業は、小学校一年生並だから。ま、わかってるとは思うけど」
魔術担当の女性教師に皮肉たっぷりに言われ、ますます肩身が狭い。向こうではすごい魔法戦が繰り広がられているというのに、片やこちらは小学一年生。
「絶対に魔法を使えるようになってやる!」
このままでは終われない!私のやる気に火がついた。それはもう、てんぷら油と間違えて、ガソリンを入れたような燃え上がり方だ。先生の言うことを熱心に聞く私はいつもと様子が違うのか、最初戸惑っていたみたいだけど、次第に私のやる気の炎がうつったように先生の指導にも熱がこもってきた。
「とにかく魔法というのは、空間にある魔力を自分の魔力と結びつけて放つの。自分の魔力だけで魔法を放つと、体にものすごい負担が掛かるからね」
「なるほど…自然エネルギーを味方につけるってことですね?」
「そうよ。それでまず大事なのはイメージよ。体の中に空間の魔力を吸い込むイメージ。火でも氷でも雷でも…自分に使いやすそうなものをイメージするの」
目を閉じ、両手を広げて説明してくれる先生。
「なるほど…仙人が霞を食べるような感じですね?」
「違うわ。それは断じて違うわ。あれはただ食事してるだけじゃない」私のボケた回答にツッコミを入れつつ、「とにかく、目を閉じてイメージよ。自分の周りに小さな火が浮かんでるとイメージしてみなさい」
うーん…でも、私としては仙人が霞を食べるイメージが、一番しっくり来るんだけど…というか、この世界でも仙人って通じるんだね。もしかしてホントに居るとか?
でもまあ、とりあえず先生に言われた通り、目を閉じて小さな火が浮かんでるイメージを浮かべてみた。次々先生から指示が飛んでくる。小さな火がどんどん増えてくるイメージ。その火が集まって、徐々に大きくなっていくイメージ。その火が自分の中へ入ってくるイメージ。
「そして最後にその火が自分の中の魔力と合わさって…」
そこまで言ったところで…
ビュン!
と言う風を切る音とともに、自分の顔の前を何かが物凄い勢いで通り過ぎて行ったのを感じた。目を閉じていた私は、何が通ったのかわからなかったが、先生の視線を追いかけて、その先にあるものを見て血の気が引いた。そこにカッチカチに凍ったサッカーボールが転がっていたからだ。そのサッカーボールを拾って、叩いてみた。もの凄く硬い。シャレになんないよ。
「男子!気をつけなさい!頭に当たってたら死んでたわよ!」
「すいません。急にコントロールを失って…」
ボールを取りに来た男子が、脳天気すぎてムカッとする。
「ん?この声は…」
振り返ると、そこにはあの馬鹿、五十路竜也がいて、私の顔を見るなりあからさまに嫌そうな表情をしてきたので、私も同じように嫌そうな顔をしてやった。まったく、こいつは何か私に恨みでもあるの?それとも、好きな女の子に意地悪するって言うあれ?出来れば後者でお願いします…って言いたいところだけど、こいつ相手だと一ミリもそんな感情沸いてこない。
「あんた…まさかわざと狙ったとか…?」
「そんなわけあるか!そもそもボールを蹴ったのは俺じゃねーし。まあボールが飛んでった時心の中でちょっと『当たれー』なんて思ったけど」
ピキッ!とサッカーボールの氷の割れる音がした。
「それよりお前も早く、魔法が使えるようになるといいな。小学一年生」
朝の仕返しとばかりに、憎まれ口をたたく。
ピキキッ!とまたもや氷の割れる音がした。
私は、無言で馬鹿に近付き、
持っていた、カチカチのサッカーボールで側頭部を殴打。
ごめんね五十路君、わざとじゃナインダヨ?ただちょっと手元が狂っちゃったみたい。それか、サッカーボールがあんたのこと嫌ってたのかもしれないね。
って、さすがにそれは苦しいか…先生がこっちを見てる…よしここは…
「せっ…先生!私、ボールを投げかえしたら五十路君の頭に当たっちゃいました!」
これはさすがにわざとらしかったかな?なんて思ってると、先生は、
「心配しなくても大丈夫よ。体操服には魔法の威力を和らげる効果があるから」
へえ、この体操服にはそんな効果があったんだ。なるほど、だから皆全力で魔法を使いまくってるわけね。グラウンドでドカドカやってるのを見てみると、確かに体操服に当たった魔法は全部とはいかないまでも、結構消えてるね。
ところで、私のしたことを先生は黙認してくれるらしい。この先生も今のあいつの態度に立腹していたのだろう。それか、自分の目の前にあんな凶器を飛ばした男子に怒っていたのかもしれない。代表して罰を受けるとは五十路君、君も酔狂だね。
ちなみに、体操服で防御されるのは『首から下』だけらしい。
その後、何事もなかったように授業は再開された。倒れた馬鹿を放置したまま。
結局魔法は使えなかった…残念。