そのいち 3
呆然としていると、男子生徒は怪訝そうな顔をする。
「なんだよ?どっかに何か付いてるのか?」
男子生徒は自分の顔や、服に何か付いてるのかと確かめる。
いやいや、私が気になってるのは服とか顔じゃなくあんたの存在そのものなんだけど?
「あんた、誰?」
私が当然の疑問をその男子生徒に投げかけると、男子生徒は服を確かめているその体勢で一瞬固まり、
「はあ?」
と、またも怪訝そうな顔をして、私を見てきた。
「いや…だから、あんた誰?」
「…なあ美南…そりゃ確かに、俺とお前はただ席が近いだけでそんなに親しくはないさ。だけどいきなり『あんた、誰?』はないだろ?」
「そうかもね。それで、あんた、誰?」
表情を変えず、何度も聞く私に、男子生徒は呆れたのかな?溜息をつき、頭を掻きながら答えた。
「五十路…五十路竜也だ」
「えっ!あんた五十歳なの?すごい!若い!」
「その五十路じゃねえよ!」
我ながらアホな受け答えだと思う。こんな漫才のようなやり取りをしながら考えた。
五十路竜也?聞いた事もない。
この人物を、学校のどこかで見かけたこともなかった。と、いうことは…
――――――『魔法世界オリジナルの人物?』――――――
これってちょっとマズクない?向こうは自分のことを知っているのに、自分は向こうのことを知らない。このままだと怪しまれて、病院送り決定?何か適当なことを言って誤魔化さないと…そう思っていると、カバンを置いた梢ちゃんがやって来て、
「あれ??お二人とも、随分仲がよろしいですね??もしかしてラブラブフラグ立っちゃったとか?いいですね?青春ですね?」
と、ニヤニヤとしながら茶化す。
っていうか、どう見たらそう見えますか?私がこんな素性も知らない奴とラブラブフラグが立つだなんてとんでもない!
と思いつつも、ちょっとはそう見えたかもしれない。梢ちゃんに言われて、私は恥ずかしくなって俯いてしまったから。
そして、この五十路とか言う正体不明のオリジナル人物もちょっと慌てたように、梢ちゃんに言い返した。
「んなわけね?だろ!何で俺が、こんな『しんぶんし』と!」
ピキッ!という音が、私の頭の方から聞こえた。はっきりとね。
『ミナミナミ』と『シンブンシ』。どちらも上から読んでも、下から読んでも同じになる。
というか、バレないように隠してたのに何でこいつはそのことを知ってるんだろう。私の知らないオリジナル人物の癖に、私の知られたくないことを知ってるなんてどういうことよ!
それよりも、今の言葉、あんたは照れ隠しのつもりで言ったのかもしれないけど、五十路君それはまさに地雷なんだよ。
私は、ゆっくりと立ち上がり、にっこりと笑って奴の方を見て、
「誰が『しんぶんし』か!」
そう叫ぶと同時に、殴ってやった。もちろんグーで。見事に奴の頬にクリーンヒット。まるで漫画のようにすっ飛んでゴロゴロと転がっていく。
梢ちゃんは、殴り飛ばしたことに全く動じていない様子で、楽しそうに笑いながら私の顔を覗き込んできた。
「那美、顔が鬼の形相になってるよ?」
「当然でしょ!」
怒り心頭の様子の私を見て、梢ちゃんはやっぱり笑っていた。
それで、私が殴り飛ばしたあの馬鹿は言うと、殴られたショックで起き上がることが出来ないようだった。っていうか、一生寝てろ!
授業が始まって、後ろから殺気のようなものを感じていた。言うまでもなくそれはあの馬鹿から放たれているものである。
気付かれないようチラッと後ろを見てみると、黙々と消しゴムを小さく千切っている姿が見えた。なるほど。それを私の頭に当てて、地味に仕返ししようってわけね。いいわ、受けて立つわよ!
私は対抗するために、この馬鹿の殺気の何倍もある殺気のオーラを放ってやるとそれを察知したのか、
「く…くそ…」
と、こいつはすごすごと消しゴムを持った手を引っ込めた。って、弱!
それにしても、誰が『しんぶんし』よ!せめて『トマト』にしてよね!『しんぶんし』じゃまるっきり凹凸がないじゃない!私だってトマトくらいの大きさはあるんだから!
私は授業そっちのけで、ペタペタと自分の胸を確かめる。うん、やっぱりトマトくらいはある。
その様子を見ていた後ろの馬鹿が、ニヤリと笑い、少し身を乗り出し小声で、
「まない…」
最後の言葉を言い終わる前に、額にシャーペンの先を突き刺してやった。私の胸は台所用品じゃない!
「痛ってえ!何しやがる!」
後ろの馬鹿は勢いよく立ち上がり、私に向かって叫び、何事かとクラス中の視線がこちらに集まる。全く!どこまで迷惑をかけるのよ!まあいいか。これはこれで好都合だ。散々馬鹿にしてくれたお返しを今ここでしてやるわ。
私は慌てず、騒がず、そして何かに怯えるような素振りをし、静かに手をあげた。
「せ…先生…さっきから五十路君が、私に乱暴を振るおうとしているんです…」
俯きながら、声を震わせて教師に訴えると、睨むような視線が一斉に後ろの馬鹿に集まる。「こいつ!」と文句を言おうとしたらしいけど、その時にはもう奴の後ろに数学の女性教師が笑顔で立っていた。
「五十路?お前は一体何をしようとしていたんだ?」
教師は笑顔で問う。しかしその笑顔は見た者を凍りつかせてしまうほど怖い笑顔。私の知っている数学の先生そのままだった。怖いけどちょっと安心。
「いっ…いや…俺は何も…」
奴は嫌な汗をダラダラと流しながら、両手を振っている。私はそれを見て肩を震わせながら俯いていると、泣いていると誤解したのかクラス全員の睨みがより一層強くなった。私はただ笑いを堪えてただけなんだけど。
「五十路…お前とは一回きちんと話をしようと思っていたんだ」
先生は不気味な笑顔をつくり、馬鹿の襟首を掴むと廊下の方へと引きずっていく。皆の視線がそちらへ向いているのを確認し、私は引きずられていく間抜けなあいつに向かってべっ!と小さく舌を出した。すると何かわめいてたけど、まあどうでもいい。
廊下の方からあいつの叫び声が聞こえてきたが、クラスの誰も気にしない。
数分後、先生が戻ってきて、何事もなかったように授業は再開された。
ボロボロになった馬鹿を廊下に一人残して…