そのに 10
私達は踊り場付近まで下りて行き、手すりの上から下の様子を窺う。
「あれ?」
異変に気付いたのはこいつだ。さっき一人でここまで来た時には開いていたはずの地下のシャッターが閉じられていると言う。
「…って言うか、どうやって閉めたんだ?」
「そうよね…動力は落ちてるんだから、開閉はできないはず…地下の照明も消えてるし…あんたが最初に下りて来た時、照明はどうだったの?」
「確か…消えてたな。全フロア非常灯以外はついてなかったはずだ。暗いってんで奴ら自前の照明つけてたからな。用意のいいことだ」
「自前の照明を…?そんな物を用意してたってことは、地下フロアだけ動力を通わせたってことはないよね?だったら照明を用意する必要なんて無いんだし」
「そうだな…ってことは…お前の想像は間違ってなかったってことだ」
『マグネット』を使い特定の場所だけ動力を復活させたってことか。
「どうしよう…上に戻ったほうがいいかな…」
「いや…見張りも居ないみたいだし下りてみよう。どっかに従業員用の通路があるかも知れないし。それにお前の知り合いらしい、あのちっちゃい女がどこかにいるかもしれないしな」
「うん…彩花…無事だといいけど…」
踊り場から地下まで下り、辺りを警戒しながら進んでいく。そういえばここで迷子になったことがあったっけ。地下の食料品売り場に来てて、階段の近くのトイレに行った後間違えて変なドアに入ったおぼえがある。そうだ、もしかしたらそこが…
「ここだ…」
記憶どおりそこにはドアがあり、そしてプレートが取り付けられていた。『関係者以外立ち入り禁止』。あの時はまだ小さかったから、この漢字が読めなかったんだね。
「お?開いてるぞ」
ゆっくりとドアを開き、その奥を覗いてみた。中は長い廊下が続いており、途中に幾つかの非常口のランプが光っている。
「行ってみるか?」
私は無言で頷き、二人で奥へ向かって進む。
途中非常口の扉を開けようとしてみたが、施錠されていた。『マグネット』を使い何か細工をしているのかも知れない。それにしても何も音がしてこない。今この地下に本当に犯人達がいるのかと思うくらいに。
「ねえ…もう犯人達どっかに行っちゃったのかな?」
「だったらいいけどな…多分まだこの壁の向こうにいるんじゃないか?」
この壁の向こうが元食料品売り場で、犯人達がいるであろう、『リゼ・那美一号』が置かれて居る場所だ。所々壁が新しく作られたような箇所が見られるが、多分必要のなくなった食料品売り場だった時の従業員出入り口を塞いだのだろう。
「お…?」
T字に分かれた廊下の、元売り場とは反対方向の先に、『動力室』と書かれたプレートの付いたドアを見つけた。急いで駆け寄る。
「ここが動力室か…鍵は…開いてるぞ」
「やった!これで動力が戻せる!」
ドアを少し開け、中に誰もいないことを確認してから中へ入った。そこは思いの他狭く、四角い箱のような物が壁に幾つかあるだけだ。箱には小さめのプレートがついていて『制御盤』と書かれてある。
「動力室って言うからもっとすごい部屋かと思ってたんだけど…」
「まあこんなものじゃないか?建物の照明や空調の動力なんて、この位の大きさの『魔力機関』があれば十分賄えるだろうし」
なるほど。この部屋は差し詰め『配電室』と言ったところか。その表現が最も適している。見ると制御盤には階数が書いてあり、その下にスイッチが付いている。今は地下一階から、八階まで全てのスイッチのランプは消えている。
「これを押せばいいみたいね。どうする?全部復活させちゃう?」
「待て待て!それじゃあ犯人に気付かれるだろ!とりあえず八階と、それから二階だ。一階だと気付かれる可能性が高くなってしまうからな」
「そっか。それに、八階から下りて来るなら二階の方が近いしね」
「よし、それじゃ動力を復活させる前にこれからどうするか言っておくぞ」
「なんであんたが仕切ってんの?…まあいいか…それで?」
「お前は二階の出入り口から速攻で外に出て、駅前交番に駆け込んで事情を説明しろ。その間に俺は八階まで上がって、全員に二階から逃げるよう伝えてくる」
「じゃあ、私が一番最初に逃げるってこと?いやよ!まだ上に友美ちゃんがいるのに!それに彩花だって…とにかくそんなのはいや!」
「俺達二人揃って捕まったら意味無いだろ!俺を信じろって!お前の友達は俺が連れて来てやるから」
なんだこいつは。どこぞのヒーローみたいに格好をつけて…それとも私のことを気遣ってくれているんだろうか…私はくるりと制御盤の方を向き、こいつに背中を向けて、
「…わかった…」
しかたないので、ここまで来たよしみで信じてやることにする。
「よし。それじゃあ二階と八階の動力を復活させてくれ」
言われた通りに、制御盤の二階と八階のスイッチを押す。…しかし…
「あ…あれ…?おかしいよ…?押してもランプが付かない…」
ゲームで鍛えた連打能力で何度も何度も押してみるが、全く反応が無い。
そして動力室に鈍い音が響いた。音に驚き振り返ってみると、馬鹿が私の方に向かって倒れてきていた。私は押されるようにしりもちをつき、馬鹿は私の足元でうつ伏せの状態で気絶していた。
「はーい、ごくろうさん」
顔をあげるとそこにはあのリーダーの少女の姿があった。少女は鉄パイプで肩を叩きながら私達を見下ろし、不適な笑みを浮かべている。どうやらこいつはあれで殴り倒されたらしい。
「残念だったな。今この建物の動力は、ほぼ『空間移動装置』に回してんだ。だからそれ押しても無駄。どのフロアの動力も復活させられねえよ」
「そ…そんな…それじゃあ…ここまで来た意味は…」
「ないな。全く無い。完全な無駄骨だ」少女はそう言ってしばらく笑い、「それにしてもこんな所まで来るとは…残してきた見張りはどうした?」
「あ…あいつらなら、私達にえっちなことをしようとしたから、やっつけてトイレに放り込んでやったわよ!ホントはそのまま下水に流れていって欲しかったんだけどね!」
「なに?あいつら…どんだけ手癖が悪いんだ…」
少女は「ちっ」と舌打ちして、部屋の外にいた仲間に私の手を縛るように指示した。私は抵抗せず、後ろ手に縛られる。
「あ…あなた達、私達が下りて来た事に気付いてたの?」
少女は私が連打したのとは別の制御盤を操作しながら、
「いいや。ここに来るまで知らなかった。たまたま偶然ってやつだ。最後の仕上げに完全に動力を集中させるためにここに来たら、お前らがいたんだ。しかし、ここまで来るとはたいしたもんだ。そうだ、褒美にいいものを見せてやるよ」
「い…いいもの…?」
少女はニヤリと笑って、
「そうだ。『空間移動装置』の本気ってやつをな」