そのに 7
「しっかし見張りなんて退屈だよな」
見張りの一人がレストランの奥から勝手にジュースを持ってきてサボり始めた。すると他の四人も集まり、全員が職務放棄。怖い上司(リーダーの少女)がいなくなると途端にサボりだすとは…こいつらは下っ端中の下っ端だ。
「まあ仕方ねえだろ。『空間移動装置』を乗っ取るまでの辛抱だ」
「まさか俺達を残して行っちまったりしないだろうな?」
こんなのを残していかれたら後処理に困る。トイレにでも流すか?
「それはないだろ。もしそうなったとしても、俺達も後から装置を使って追いかければいいだけだろ?」
「まあ、そういうこったな」
口々に話し始め、こちらから注意がそれている。この隙を狙ってトイレに…
「はいそこ!動くなよ!」
…行けるはずもなかった。
私は話を続ける下っ端五人の様子を伺い、友美ちゃんは俯き黙り込み、彩花はどんより落ち込みモードから復活し、のんきにレストランのメニューを眺めている。そんな時間が十数分程続いた頃、見張り達の話題も尽きたのか、レストランに静寂が広がる。
と、見張り達がこちらを見てコソコソと話し始めた。何かいやらしい目で見てるし嫌な予感がする。そして下っ端五人は私達に近付き、
「お前ら暇だろ?だったらちょっと俺達の相手しろよ」
「は?相手って何よ!私達は暇じゃないわ!あっち行ってなさいよ!」
見張りの一人がニヤニヤしながら私の後ろへ回り込み、
「んなこと言わないで、相手してくれよ!」
羽交い絞めにされて、引っ張りあげらた。
「なっ…何すんのよ!」
「那美ちゃん!」
驚きの表情を浮かべる友美ちゃんも、別の見張りに羽交い絞めにされ同じように引っ張りあげられた。頭は弱そうなのに、力だけは強い下っ端。振りほどけない。
「大人しくしろって。傷つけたりしないからよ」
嘘つけ!今からいやらしいことしようとしてるだろ!心も体も傷つくわ!
見張りが二人私達の前に回り、テーブルの上に胡座をかき、気持ち悪い笑みを浮かべてこちらを見上げ、残りの一人は、他のメンバーが戻ってこないか見張っている。見張る相手を間違ってるぞと言ってやりたい。それより何で彩花には手を出さないの?眼中に無いってこと?それはそれで彩花がかわいそうだ。彩花だって結構可愛いよ?やっぱり胸?胸なのね?…って今はそんなことを考えてる場合じゃない!ダメだ私!パ二くってる!
「さて、それじゃ早速…」
テーブルの二人の男の魔の手が、私と友美ちゃんの服に伸びてくる。
「ちょ…やめて!」
「い…いやあ!」
そして、私達の服が…
脱がされることなく、男二人の両腕が服の手前で氷付けにされた。
「うっ…うわあああっ!」
「な…なんだこれ!なんなんだよぉ!」
突然の出来事に狼狽するテーブルの二人。そして追い討ちをかけるように強烈な蹴りが私の前にいた男の顔面に炸裂し、友美ちゃんの前にいた男にぶつかり、共々吹っ飛んでいった。
腕を氷付けにし、蹴りを放ったのは言うまでもなく、彩花だった。彩花はテーブルの上に立ち、残りの三人を怒りの表情で睨みつけている。
「てめえ…!調子に乗んなよ!」
やっぱり下っ端は馬鹿だね。羽交い絞めにしていた私達を開放して、彩花へ迫っていく。その隙に私と友美ちゃんは男達から距離をとった。
「彩花!」
「大丈夫、心配ない。あなた達は縛られている人達の縄を解いて」
「わ…わかった!友美ちゃん!」
「え…でも…」
彩花を心配してオロオロする友美ちゃんの手を引いて、レストランの奥へ向かった。私達が居ても逆に足手纏いになるだけだ。多少心配だけど、十本足の烏賊の化け物を倒した彩花なら三人合わせても手足六本の人間に負けはしないだろう。あ、足の数は関係ないか。
でもまあ、予想的中だった。
男達はそれぞれ魔法を使った。だが彩花はその魔法を易々と避け、一人を氷の魔法を腹に撃ち込み気絶させ、もう一人にその気絶した男を投げつけ倒し、最後の一人を必殺のキックで吹き飛ばした。まさに電光石火。
男達は縛り上げて全員トイレに放り込んだ。そのまま流したいところだけど、詰まっても困るのでやむなく断念した。
「彩花なら大丈夫だとは思ったけど…こんな簡単に倒しちゃうなんて…」
「あいつらは魔法の素人。扱いは簡単。それよりも扱いが難しい物がここにはある」
真剣な表情でこちらを見る彩花。そんなに真剣になるってことは、奴らよほど危険な物を隠し持ってたのだろうか?私はゴクリと唾を飲み込み…
「その…扱いにくいものって…一体何…?」
「それは…ナミの胸」
開いた口がふさがらない。それはもう、顎がはずれたのかと思うくらい。
「ナミの胸は私以外に扱うことのできない神聖なもの。奴らの下種な手で触れていい物ではない。そう…ナミの胸は私の物なのだから」
「いや!違うから!」
またもや彩花の突発性意味不明発言が飛び出した。確かにあんな奴らに胸を触られるのは嫌だけど、なんで今ここで真剣な顔をしてそんなことを言う必要があるのか。もしかして場を和ませるためのボケなのだろうか?
「そして、私の胸はナミの物!」
「それも違うし!」
またもボケてきたのでツッコミ返した。あくまでもボケとツッコミで、彩花だって本気で言ってるわけじゃない。(と思う)だけどそれを横で聞いていた友美ちゃんは顔を真っ赤にして、
「那美ちゃんと四季さんの仲はもうそこまで進んでいたのね…わかったわ那美ちゃん…もう、えっちなのはいけないなんて言わない…二人のこと私応援するから!」
友美ちゃんの目は、物凄くまじめで、物凄く温かいものだった。だがもちろん完全な勘違いであるため、私は彩花との怪しい関係を猛烈に否定した。
彩花は少し残念そうな表情をしたが、(本気だったの?)その後でポツリ…
「ナミは私が守る…」
しばらくこの後どうするか考えていると、レストランの奥がザワザワとし始めたので、奥へ行き何かあったのか従業員の女性に尋ねてみた。
「それが、警察に連絡しようとしたんですが、携帯が繋がらないんです。いえ、携帯だけでなく固定も全く…下とも連絡が取れないし一体どうなっているのか…そういうわけですのでお客様もここを動かない方が幾分か安全かと思われます」
ケータイが繋がらない?そう聞いて自分のケータイを取り出し家にかけてみた。ホントに繋がらない。圏外じゃないのに。
だけどこれってチャンスじゃないだろうか。主力と思われるメンバーは、全員リーダーと地下に向かったみたいだし、ケータイが繋がらないってことは犯人達も連絡を取り合えないってことだ。
「ねえ、今なら何とか逃げられるんじゃない?犯人達は地下にいるみたいだし。もし途中で見張りが居たとしても、彩花ならパパっとやっつけられるでしょ?」
「でも途中であの大勢が戻ってきたらどうするの?いくら四季さんが強いといっても、あの人数相手に勝てるはずないわ…それに頼りっぱなしというのも悪いわ」
「それは問題ない。けれど、違う問題がある」
また得意の脱線か?
「まさかまた、私の胸が問題だとか言うんじゃないでしょうね…?」
「ナミの胸には何の問題もない。私好みの素晴らしい物。もっと自身を持てばいい」
「あ…そう…?じゃあ自身、持っちゃおうかな…」
そうだよね。私だって捨てたもんじゃないよね!さすが彩花、わかってる!
「…おほん…また話が脱線してるみたいだけど…?」
友美ちゃんにたしなめられて我に返る。そうだった、私としたことが。話を本題に戻そう。
「それで?何が問題なの?」
「今この建物の動力は見ての通り完全に断たれている。それは動力室が犯人に抑えられていると言うこと。動力が断たれたということは、鍵があっても魔力施錠の出入り口の扉のロックは外せない。扉を壊すことも魔力強化されているので不可能。外に出るためには、動力室のある地下まで行き、建物の動力を復活させる必要がある」
「…それって…犯人達がいっぱいいる所に乗り込んでいかなきゃいけないってこと…?」
「そういうこと」
大問題だ。だが、彩花はさらに続ける。
「さらに問題なのは、携帯が繋がらないということ。それは『マグネット』も犯人の手に落ちてしまったことを証明している。あらゆる装置が『マグネット』に接続されているこの世界では、これは由々しき問題。早く復旧しなければ世界中が混乱する」
聞けばケータイも信号も病院も、何もかもが『マグネット』に接続されてて、今はまだ完全には支配されてないからケータイの不通だけで済んでるけど、その内全てに影響が出てくるらしい。手術中に完全に落ちたらどうなるか、考えただけでもゾッとする。
のんびりとここで犯人達が帰るのを待っているわけにもいかず、かといって犯人達のいる地下に行くのは自殺行為。八方塞がりだ。
私達が俯いて黙り込んでいると、彩花は一人歩き出した。
「ちょっと…どこに行くの!」
「大丈夫。すぐ戻る。ナミ達はここにいて」
そう言い残し、彩花はレストランから出て行った。