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別れ

作者: やかん



「別れよう」


その一言で5年間続いた関係は終わってしまった。


彼の言葉に私は、笑顔で頷いた。


「今までありがとう。大好きだった」


そう言うと、彼は申し訳そうに小さく笑って


「俺も好きだった。ありがとう」


と言った。


最後の最後までお人好しなんだから。







「う…」

カーテンの隙間から零れる朝日で目が覚める。

「うぅ…もう朝ぁ…」

泣き腫らしたために重い目蓋をこすり、ゆっくりと起き上がる。寝間着から仕事着へ着替えて、朝ご飯の用意のため台所へ向かった。




「ああ…もう。馬鹿じゃないの」


出来上がった朝ご飯を見て苦笑する。彼の好みにあわせて味付けをする習慣が身に染みていたことに気がついたのだ。脂っこいものが苦手な彼のために野菜中心のメニュー。母さんから教わった甘い卵焼きは、甘いものが苦手な彼のために出汁巻きに。幸い、一人前を作ることには成功していた。




私は大手企業で事務の仕事をしている。

人前に出ない仕事であることをこんなにも有難く思うのは、今日が初めてだろう。

「おはようございます」

「おはよー…って、ちょっとどうしたのよその顔!?」

仕事場の先輩に挨拶をすると、目を見張られた。化粧では誤魔化しきれなかった私の目の腫れを見たためだろう。

「あはは…ちょっと」

「仕事は出来そう?」

「大丈夫です。いつも通り出来ます。問題ありません」


宣言通りに私はいつも通り仕事をこなし一日を終えた。




帰り道。

いつもは寄らない居酒屋へ。

明日に響かない程度に飲んで帰ろう。そう決めて、お酒とおつまみを頼む。

「はあ…。やんなるなあ」

お酒で火照る顔を煽りながら、溜息をひとつ付く。目が真っ赤に腫れるほど泣いたというのに、心はまるで晴れない。



こんなことなら好きだなんて、言わなければよかった。



彼の存在は私にとてもとても大きくて、けれど、私の心の一番奥には入ってこなかった。彼から貰ったものは多いけれど、一番欲しかったものは結局手に入らなかった。



でも最奥への扉に触れた、唯一のひと。



袖を捲り上げて右の手首をみる。6年前から外れることのない白い包帯。それは私の心の一番奥に他人が入り込めない理由。

利き手である左手で右の手首に触れる。『それ』がある場所に手を置いて力を込めると、鈍い痛みがはしる。苦痛に歪んでいるであろう表情とは裏腹に私の心に訪れるのは安寧。理由もなく突然湧き上がる不安を解消するのは、人の優しさなどではなく自らを傷つけるという行為。




なんて愚かで、醜い。




グラスに残っていたお酒を一気に飲み干し、店を出た。




ぼふっ。

ベットに倒れこむ。お酒のせいか体に浮遊感がある。このまま寝たい…。

「あー化粧落とさないとだ…」

上半身を起こしてベットの横の小さな机に手を伸ばす。クレンジングをとり化粧を落とした私は、重たい体を洗面所に引きずった。

「……ん」

洗顔をして、化粧水を顔に塗る。

お風呂は明日朝起きてからにして、今日はもう寝よう。

もう一度重い体を引きずって寝室へと向かった。







彼がいなくても、生きていける。



彼がいても、手首の『それ』は消えない。



なんだ、泣いただけ無駄じゃん。



思い返せ。



彼を好きでいても、湧き上がる不安に負けていたことを。



彼でなくてもいい。



ただ、私を一瞬でも不安から解放してくれるなら。









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