夢(予感―) 【1】
依子の記憶の片隅にあった、真実とは…
朝から、どんよりと曇った空は、まるで今日の依子の気分を表すかのように、雲が低く立ち込めていた。
降り始めた雨が、バラバラと音を立てて、ベランダを濡らし始める。
外においてある植物たちは、久しぶりの恵みの雨に、歓喜の声を上げている。
部屋は昼間だというのにグレイのクレヨンで殴り書きをしたように薄暗かった。
夕べどうやって部屋に帰ってきたのか、依子は思い出そうとしていた。
が、記憶は頭の中でジグソーパズルのパーツのようにばらばらの状態で転がっている。
一つ一つ記憶を辿って繋ぎ合わせてみようとしたが、途切れたパーツは繋ぎ合わせることもできず、またばらばらに散らばっていく。
夕べ、飲みすぎたかな?
ずんとした鈍痛が依子の体を支配していた。
水道の蛇口からコップに水を汲み、一口くちに含んだ。
含んだ水が、生き物のようにスルリと依子の喉を落ちていく。
石のように重い体を、やっとのことでベッドの上へ運ぶ。
ごろんと横になって、薄暗い天井を眺めた。
そしてまた、うとうととまどろみの淵へ滑り込んでいく。
目を開けると、濃い霧が一面立ち込めていた。
そこには幼い依子が一人で立っていた。
前を向いても後ろを向いても、誰もいない。
行けども、明るい場所にたどり着けない。
どこか見知らぬ場所へ迷い込んでしまった子羊のように、ただうろうろと歩き回っているだけだった。
途方に暮れた依子は、突然、母の名を呼んだ。
おかあさ〜ん
しかしその声は、濃い霧に飲み込まれ、遠くまで届かない。
それでも、依子は体中の力を振り絞って声を出した。
おかあさん と。
母はどこにも居なかった。
足を抱えながら、独り依子は、子守唄を口ずさむ。
それは、母がよく歌ってくれた子守唄だった。
ねんねんころり、おころりよ〜
泣く子ははよぉ〜
お眠りよぉ〜……
夢(予感―)【2】 につづく