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逢魔が時  作者: 由卯
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ほのかな思い 【1】

依子の心に芽生えたほのかな思いとは

「これ、ここでいいですか?」


 来週から始まる展示会の準備で、会場はひっくりかえったおもちゃ箱のようにごった返していた。

普段なら机に向かっているはずの企画課の男性陣も、各々ワイシャツの袖を捲っての作業だった。

依子は一日中の立ち仕事に、少々嫌気がさしていた。


 色鮮やかな着物を眺めながら、振り袖に身を包んだのがついこの間の出来事のように思える。

今年も、幸せな家族が娘の晴れの日の着物を選びに来る。

いつもなら、親の小言をうるさそうに聞いている娘たちも、この日だけは、幸せそうな家族を演じるのだろう。

しかしそれは全てが作られた家族像というわけでもなく、娘たちにとっても、ましてや親にとっては幸せの証なのかもしれない。


  自分もその一人ではなかったのか


 学生の頃は、何も考えず、ただ自分の欲望の赴くまま、父に甘えていたのではないか。

そう思いながら、今一人で暮らしている父の背中を思い出すのだった。


 作業がひと段落して、廊下で冷たいものでも飲もうと、依子と同僚の久遠かおりは自販機の前にいた。


「毎年のことながら、すごい数の振り袖だよね。ほんと、物好きというか何というか、親も大変だよねぇ」


かおりはそう言いながら缶のリングに指をかける。


「この会社に入って三年になるけど、新作が出る度に、感心させられちゃう」

「ほんと、今時の子のハートを射止めるのも、至難の技だわ」


 十月だというのに、会場の中は蒸し暑かった。

喉を通るジュースが心地好い。

依子は、人の熱気で軽い目眩を覚えた。

自販機の横の長椅子にもたれながら、かおりとたわいもない会話を交わす。

 

 そこへ、タオルで汗を拭きながら吉田信也と中嶋義男がやって来た。

自販機のボタンを押す義男の指をぼんやりと眺めていた。

小麦色に焼けた義男の腕は、汗で光っていた。

いつもスーツ姿しか見たことのなかった依子は、ワイシャツ姿の義男の肢体が意外にもしなやかな筋肉で形成されていることに気付く。

一気にペットボトルのお茶を飲み干す義男の喉下がドクドクと動いた。


「中嶋君って、見た目より筋肉質なのね」


 義男は急に話しかけられ、びっくりしたような顔で依子の方を見た。

少し困惑していた義男をよそに、吉田が一人で話し始める。


「大学時代ちょいとアメフトなんかしていたからね、こいつ」


 吉田は、義男の横からちょこんと首だけ依子の方を向いた。

そして、何でもスカウトが幾つかきたとか、結構上手かったらしいとか、色々と自分のことのように自慢気に話すのだった。

義男のその柔らかい物腰からは、想像がつかなかった。


「その華奢な体つきからは、想像つかなかったな。ねぇかおり」


 依子は吉田を交えて三人で話をしながらも、突然、自分の口から出た言葉に戸惑いを隠せなかった。


「依子ちゃん、都南大の中嶋を知らないなんて、潜りだよ、も・ぐ・り。大学時代なんか俺の次にもてたくらいだから」


 背後から長身の西村の腕が伸び、自販機のボタンを押しながら言った。

西村と並ぶと、依子はまるで小さな子供のような気分になる。

しかし、その優しい物言いは、依子には好感が持てるものだった。


ほのかな思い【2】 につづく

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