出会い 【3】
一瞬、巫女と目があった。
そう感じた
その黒い瞳に、依子は暗黒の闇にずるずると引きずりこまれるような感覚に陥った。
前にどこかで
そんな錯覚にとらわれたが、あるはずもない。
「シャーン」
鈴の音が近づいては、離れる。
まるで波の満引きのように、規則的に。
山に木霊する風のように、大きく揺れては消える。
木の間から月が笑っているようだ。
そして。
「シャーン……」
その時だった。
遠のく意識の中で、携帯の着信音がけたたましく鳴り響いた。
依子ははっと、我に返った。
電話は義男からだった。
舞台から少しずつ離れながら、受話器を持った。
「仕事が早く終わったから、今から会わないか?」
一週間ぶりの義男の声だ。
依子はまだ、現実とも幻想とも言えぬ時の狭間で、漂う魚のようだった。
やっとの思いで、全身の力を振り絞り、ようやく口が開いた。
「義男?…」
「今、どこにいる?」
「あら何かご用?」
依子は皮肉たっぷりの笑みを浮かべながら、そして嬉しそうに答えた。
「他人行儀だな」
「一週間もほったらかしにされたら、他人と一緒よ」
「お手柔らかに頼みますよ、お嬢さん。今晩のディナーは何になさいますか?」
しばらく沈黙が続く。
今はそんなことなどどうでも良い気さえする。
しかし、一週間ぶりに義男に会いたかった。
「そうねぇ、和食がいいかな」
「かしこまりました。八時に○○でいかがでしょうか」
義男のおどけた声が依子の心をほっとさせた。
今まで感じていた何者かの気配も次第に消えようとしている。
「今夜は、一番高いコースにしてもらおうかしら」
「怒ってる?」
依子の寂しげな声色に気づいたのか、義男は優しく尋ねた。
「誰のせいだと思っているの?一週間分のお礼はきっちりしてもらいますからね」
「はいはい。女は怒ると怖いね」
「誰が怒らせてると思っているの?」
「はいはい」
「はいは一回で宜しくてよ。ふふふ…」
依子の笑い声が闇に響いた。
静まり返った境内には、鈴の音も、音楽も、あの巫女の姿も見当たらなかった。
神殿の壁の木目も、ただの古木でしかなかった。
木々の間からは、下弦の月が足もとをほのかに照らしている。
月は青く、冷ややかに輝いている。
辺りを見渡すと、ただ松明の灯りがチロチロと赤く燃えているだけだった。
ほのかな思い に続く