表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
逢魔が時  作者: 由卯
21/25

蔵・カフェ

夕暮れ時のカフェで、一時の安堵にひたる二人。

 城跡を過ぎたところに、土作りの蔵を改装したカフェがあった。

乾いた土壁がとことどころ剥げ落ち、過ぎ去った年月の長さを物語っていた。

駐車場の近くには、こんもりと盛り上がった土の上に、銀杏の大木がどしりと立っていた。

黄金色の葉が夕日に映え、眩しいほど輝いている。


 見ると、その木の下に小さな祠があった。

きちんと掃除がいき届いた祠の鳥居にはしめ縄が張ってあり、依子は近づこうとしたが、触れてはいけないようなそんな気がして、遠巻きに見つめがら蔵の扉を押した。


 鉄で出来た扉の飾りは、風化で赤茶けていた。

ざらついた扉の装飾の上に、後から付け足した木の取手がついている。

鍵穴からぶら下がった鎖がガラガラと音を立てた。


「いらっしゃいませ」


 カウンターから気のよさそうなマスターが声をかける。

客席をひとまわり見渡したが、開いている席がなく、マスターがカウンターの方に二人を案内した。


 一枚板でできたカウンターは、それだけで重厚な趣を醸し出している。

冷えた水の入ったグラスが置かれた天板が、スポットライトで黒く光っていた。

(かす)かに流れるボサノバのリズムが、店内を沈み行く海辺の夕日色に染めていた。


「素敵な隠れ家ね」


依子が呟くと、マスターが嬉しそうに


「ありがとうございます」


と軽く会釈をした。


「薪能があると聞いて来ました。

 初めての土地なので、少し迷ってしまって…」


席に着きながら義男が困った顔をすると、


「正味一時間というところですか。

 お茶をするにはもってこいの頃あいですね」


鶯色の表紙のメニューを、二人の間に置きながらマスターが微笑んだ。


 メニューを開くと、手書きの文字が踊るように黄色く色褪せた紙の上を走っている。

殴り書きをしたような文字だが、それはそれで味わい深く、二人の目に飛び込んできた。


「これ、マスターが書かれたのですか?」


依子がメニューの文字を指差して、マスターの方に向けた。


「お恥ずかしい文字で」

「個性的でとっても素敵ですよ。書道家っぽくて、私、好きだなあこういう字」


無邪気に話す依子の声を聞きながら、義男もそうだとばかりに頷いた。


「何か、くすぐったいですね、そういうの」


はにかみながらも、嬉しそうにマスターが笑った。


「お勧めって何ですか」

「キャラメル・ラ・テが女性には人気ですよ」


 先ほどのメニューの話で緊張が(ほぐ)れたのか、依子は息もつかずに話し始めた。

そして、この三時間余り、ほとんどしゃべっていなかったことに今更ながら気づくのだった。


 余程緊張していたのだろう。

急に喉の乾きに気づき、カウンターに出された水を、ごくりごくりと美味しそうに飲み干した。


「美味しい。おかわり下さい」


 空なったグラスの氷が、カランと鳴った。

差し出されたグラスに新しい水が注がれ、グラスについた水滴が、すっと黒く光るカウンターに落ちた。


「それじゃあ私は、マスターお勧めのキャラメル・ラ・テにしようかな」


 冷たいグラスをカウンターに置いて、依子が言った。

そして、紅潮した頬を冷やすように、水滴で濡れた掌を頬に押し当てた。


「僕は、クラブハウスサンドとモカを」


落ち着きのない子どもを諭すように優しく、依子の方を向きながら義男が言った。


「私も食べようかな。

 でも、量が多い時は、中嶋くんお願いね」


義男は、少女のようにはしゃぐ依子を見ながら、普段の彼女とは違った一面を覗き見たようだった。


  女性とは、一体、幾つ顔を持っているのだろうか


と考えながら、今から観るのであろう薪能の、様々な表情の能面を一つ一つ思い浮かべていた。

そして、自分の隣で幸せそうにしている依子を見るだけで、義男の心も少しずつ満たされていくようだった。

薪能 へつづく

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ