表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
逢魔が時  作者: 由卯
18/25

約束 【2】

 深まりつつある秋の気配を感じながら、朝露で濡れた石畳を足早で歩く。

今朝は吐く息も白く、寒さで指先がかじかんだ。

後ろからかおりが元気よく走ってきた。


「おっはよう!」


どこら辺から走ってきたのか、かおりの吐く息が熱く感じた。


「おはよう。今日から展示会開始ねっ」


軽快なかおりの声に合わせるように、依子も元気よく答えた。

そんな依子の声色の変化に、いち早くかおりは気づき、


「何かいいことあった?」


と屈託ない笑みで依子ににじり寄ってきた。


「何もないわよ。変な子ね」


 かおりの勘の鋭さに、依子はある種の動物的なものを感じた。

何もないといったら嘘になるが、義男への思いを容易く口に出すことを依子は躊躇(ためら)った。


「あれから、吉田くんたち大丈夫だった?」

「ずっと中嶋くんが背負ってたわよ」

「吉田くんらしい。でもお邪魔虫だよね、吉田くんも。

 朝一番にとっちめないと」


そう言うと、ちょうど前方に歩いていた吉田を見つけ、かおりは勢いよく走り始めた。


「ちょっと待って」


追いかけようとしたが、鍛えられたかおりの健脚にかなうはずもなく、

依子は一人ぷらぷらとかおりの後姿を眺めながら歩いた。


「おはよう」


 後ろから誰かが挨拶をする。

ちょうど、義男がバスから降りてきたところだった。

何を話していいのか躊躇ためらいながら、二人は沈黙の中歩き始めた。

義男が何か思い出したように、鞄の中から封筒を取り出した。


「貰い物で悪いんだけど、薪能のチケットを二枚貰ったんだ。

 久遠さんとか、行かないかな」


そう言って依子の手に封筒を手渡し、そそくさと逃げるように、義男は早足で吉田とかおりの方へ歩いていった。

それを見ていたかおりが、一人で歩いている依子の側に寄り、にやけながら


「何、話してたの」


と聞いてきた。


「薪能のチケット貰ったの。かおり行く?」

「何々、デートのお誘い?薪能とか、エラク渋くない」


かおりがちょっと顔を(しか)めた。


「かおりとどうですかって、貰ったのよ」


と依子が申し訳なさそうに言ったのを聞いていなかったのか、

前に歩いていた義男を呼び止めた。


「中嶋くん。この日は、私、都合悪くて。依子を連れて行ってよ」


かおりの突拍子のない言葉に、依子は驚きつつも、そうしたいという気持ちが心の隅で湧いてきた。


「いいよ。じゃあ待ち合わせの時間は、後で」


義男はそう言うと、吉田とすたすたと先に行ってしまった。

思ったよりもあっさりとした義男の態度に、少し期待はずれの気がしたが、横でかおりが


「初デート、おめでとう」


と嬉しそうに顔を染めているのを見て、依子も満更でもない気持ちになった。


「おめかししてね、依子。」

「でも、夜、外でお能見るだけだから、レストランとか行くわけじゃないし、

 おめかしするのも変じゃない?」

「じゃあ、下着とか?」

「もう何、言ってるのよっ」


 二人は、お互いの顔を見つめあい微笑んだ。

そんな、他愛のない会話でも、かおりとのひと時は姉妹のいない依子にとって愉しい時間だった。


遠出 につづく

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ