丙八幡神社 【2】
その時だった。
義男の表情が微かに曇った。
何かを感じたその表情は、先ほどの笑顔とは一転して、険しいものだった。
「どうしたの?」
依子が義男の顔色の変化を見て、心配して尋ねた。
「いや、何でもない」
そう言って義男は、力強く弓を鳴らし始めた。
弦の低く鈍い音が、神社の境内に木霊した。
その波動に木々が共鳴するかの如く揺れ、風の音が一層大きく聞こえた。
銀杏の落葉が風に舞い、黄金色に煌く葉が依子を誘うように螺旋を描いていた。
その風の音に体の芯が共鳴するようだった。
小さな竜巻の中に人影を感じたが、人がいる様子もなく、小さな風の渦が幾重にも起こっては消えていった。
義男の行動を見ていた父が
「もしかしたら、貴方のおじい様は菊池内蔵助という方ではありませんか」
と思い出したように聞いた。
「祖父をご存知ですか?」
弓を引く手を止め、義男が振り返って言った。
「それは有名な射手でしたから。
貴方があの内蔵助さんのお孫さんですか…。
どことなく面影があります」
どうやら父は、義男の祖父のことを知っているようだった。
縁とはどこでつながっているのか分からない、不思議なものだと依子は思った。
義男と自分は、逢うべくして逢ったのだと、出逢ったことは偶然ではなく必然だったのだと、強く感じ始めていた。
「どうやら、何者かは立ち去ったと見えますな。
練習の邪魔をしてはいけませんので、私たちはこの辺で」
父は一人足早にその場から去っていった。
「じゃあ、中嶋君。練習がんばってね。また明日。」
父の後ろ姿を依子は小走りに追いかけた。
父が義男に言った最後の言葉が気になったが、今は父を追いかけるので精一杯だった。
義男は二人の後姿をじっと見つめた。
手に持った弓が小刻みに震えているのを微かに感じると同時に、何かが動き始めていることを感じていた。
約束 につづく