丙八幡神社 【1】
八幡神社で、偶然にも義男に会う。
そして、何者かの存在も大きくなっていく。
父が話し終えると、目の前に八幡神社の鳥居が見えてきた。
父と依子はじっとその古い鳥居を眺めた。
朱塗りの鳥居には、古い記憶が幾重にも重なっているような重々しさを感じた。
鳥居の背後の鬱蒼と茂った杉林の参道の遥か向こうに、黄金色に輝くあの銀杏の大木が見えた。
その大銀杏の下だけが、黄金色の落ち葉で異界のように輝いて見えた。
自ずと足がその黄色い輝きの方へ導かれていく。
遠くで矢を放つ音が聞こえた。
どこかに弓道場でもあるのだろう。
その空を切る音に、依子は神々しさを感じた。
銀杏の大木を右に折れて、音を頼りに近づいてみると、一人の男性が遠く離れた的に向かって、一心に矢を放っていた。
その一心に放つ後姿に、依子は見覚えがあった。
急に風が吹いた。
石畳を砂が舞い、白く霞む。
ぱたぱたとはためく道着も、強風にあおられていた。
弓の手を止めたその横顔を見たとき、依子の顔は驚きと喜びの入り混じった表情に変わった。
その横顔は義男だった。
どうしてこんなところに
不思議そうに眺めている依子の横に、いつの間にか父が並んで立っていた。
「依り子の知り合いか」
父が近づいて来たのさえ分からずに、依子は義男を見ていた自分に気づいた。
依子の気持ちを知ってか知らず、父は義男に近づき、話しかけていた。
「今度の祭りで奉納されるのですか?」
父に気づいた義男は、その端正な身のこなしからは想像できない無邪気な笑顔で、話に答えた。
依子は、飾り気のないそんな少年のような彼の笑顔が好きだった。
「ええ、従兄弟がこちらの方に居ないもので、今年は私が代わりに流鏑馬を奉納します」
「ほう、御若いのにその堂々とした身のこなし。
私、痛く感銘を受けました。
幼い頃から弓道をやっておられたのですか?」
「祖父が弓道の師範をしていたものですから、幼いころから教わっていました。
しかし、祖父が亡くなってから少しさぼり気味で…」
旧知の友にでも語りかけるように、二人の会話には心地よい旋律が流れていた。
少し緊張気味の話し方といつもよりも口数の多い義男に対して、依子は何時にない親しみを感じた。
それは、父も同じようだった。
二人の背後からから依子がそろりと現れると、義男は驚きを隠せない様子で、そのビックリした義男の表情を見て、依子も父も笑った。
「お父さん、会社の同僚の中嶋義男さん。
こんなところで偶然会うなんて、不思議な縁ね」
依子の頬が仄かに色づいた。
丙八幡神社【2】 へつづく