真実と記憶 【1】
依子の記憶の片隅にある真実とは
東の空が少しずつ白み始めると、西の空に輝く金星も太陽の陽の光に平伏するかのように、その輝きを消し去っていく。
夕べから考えている事を少し整理しようと、依子は濃い目の珈琲を入れた。
空腹の体に深く珈琲の香りが沁み込む。
夕べは何故急にあんなとんでもない事を思いついたのか、検討もつかなかった。
何の根拠もない出来事を本当に信じて良いのだろうかと、一抹の不安を抱いている。
昨日はまだ、酔いが醒めずに昔の夢を見たのだろう。
思考が錯誤していたのかもしれない。
そう思うと、先ほどまでの強い確信も少し揺らぎ始めるのだった。
記憶というものは、本人が思っているほど正確なものではない。
人は時として、都合の良い方向に記憶をすり替えてしまうことすらあるかもしれない。
ということは、今のこの記憶も本当の部分はほんの僅かで、真実など10%にも満たないことになるのではないか。
では真実とは何か。
そう考えると、
母が生きているということも、半分以上望めないかもしれない
と依子は思うのだった。
自分が認めたくないがゆえに、母が生きていると思い込んでいるのかもしれないと。
それでも依子は確かめずにはいられず、雨上がりの町へ歩き出して行った。
桜並木を通ってバス停を目指す。
雨に濡れた桜の木々は、赤紫の細い枝を大空に背伸びをするように伸ばしている。
何時もの装いとは少しかわって、水を含んだ枝は何か物言いたげな重々しさを感じた。
どこまでも伸びる枝は、これから訪れる厳しい冬に立ち向かっていくための鋭気に満ちていた。
下りのバスに乗って、家路につく。
里山の雑木もだいぶ色鮮やかに染まっている。
雨上がりのせいか、いつもよりも木々の息づかいを強く感じた。
依子は、バスの車窓から見える秋の風景に、しばし見入っていた。
真実と記憶【2】 へつづく