表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/5

プロローグ

 第1回京都アニメーション大賞2次落ち作品に、修正を加えたものです。

 作中物理学の知識の扱いに関して、間違い、こじつけ等ありましても、ひとえにそれは作者の責任です。

 参考文献に上げさせていただいた著者の方には、何ら責任がないことを先に明記させていただきます。

 また作中の知識を鵜呑みにするのも、どうかご遠慮下さい。

プロローグ


「キャー!」

 悲鳴が上がった。

「誰か! 子供が!」

 それは悲痛な叫びだった。

 夕闇迫る街中に、突如現れた巨大怪獣。

 街を瓦礫の山と化し、人々を阿鼻叫喚の地獄に陥れた。

 それは例えば母親の目の前で、年端もいかない子供を踏みつぶす――

 そういう地獄だ。

 今まさに巨大な脚が、五、六歳と思しき少女に踏みつけられようとしていた。

 悲鳴を上げたのはその少女の母親だ。母親は叫ぶことしかできない。彼女もまたこの巨大な脚が作り出した瓦礫に、その足首を挟まれていたからだ。

 は虫類を思わせる四肢とその体躯。それでいて二足歩行。

 強靭なアゴに並ぶ、凶暴凶悪な牙。

 爪は破壊を呼び寄せるかのように、虚空を突いて鋭く伸びている。

 尻尾は巨大なムチだ。破壊の為に生えているかのような、骨と筋肉の固まりだ。

 実際その禍々しい尻尾は、ふるう度にビル群を真ん中から二つに折ってしまっていた。

 まさに怪獣としか呼びようのない異形の生命体。

 それが街を、そして人々を壊していく。

 手近なビルよりも大きいその異形の生物は、家屋程もある脚を持ち上げる。大人も子供も、この巨体からすれば同じに見えただろう。区別する意味すらないからだ。

 目的も衝動もないのかもしれない。本能のままに、破壊できるものを破壊している。それだけのことなのかもしれない。

 だから躊躇も何もない。

 その怪獣が少女に脚を踏み下ろした、まさにその時――

「――ッ!」

 一人の巨人が現れ、怪獣を蹴り飛ばした。

 少女の頭上で、怪獣の脚が空を切る。

 巨大な風がおこり、少女の全身をその突風が襲った。

 怪獣が大地を転がり、地響きが人々の体を直接打ちつけたかのように響き渡る。

 突風を作り出した巨人は、怪獣にやや遅れて大地に降り立つ。

 巨人は能面のようで、それでいて菩薩像のような微笑みを浮かべた仮面をかぶっていた。全身を包んでいるのは、その身にぴたりと張りつく素材不明のスーツだ。

 怪獣はすぐさま体勢を立て直した。本能だけを感じさせる赤く輝く目を、突如現れた巨人に向ける。

 巨人は身構える。その左足の後ろに、少女を匿うように身構える。右足を後ろに引き、両手を手刀の形に構えて怪獣と相対する。

 怪獣が大地を蹴った。その巨体で軽やかに前に出ると、巨人の体に体当たりする。やはり地響きが湧き上がり、大地が揺れた。

 巨体が二つぶつかった衝撃は、空気をも揺さぶる。まるで骨と内臓で直接聞いたかのような衝撃音が、周囲を逃げ惑う人々に届けられた。

 巨人はその場を動かない。左足に匿ったその少女の為に、その場にとどまろうとする。

 だがそれは無理があったようだ。

 一歩も動かすまいと踏ん張ったその左足は、体当たりをきめた怪獣の体を片足で支えてしまう。

 巨人の脚はあり得ない方向に曲がった。

 怪獣の全体重を乗せられて、左膝から下が関節とは逆の向きに曲がる。

 ――ゴッ!

 そう聞こえた鈍い音は、巨人の膝が砕けた音かもしれない。

 巨人は右足を踏ん張り、更に左手をビルの屋上に突いて、己の体重と怪獣のそれに耐えようとする。

 しかしビルは脆かった。巨人の左手は屋上から二、三階部分を打ち抜いて止まる。

 バランスがとれない。怪獣はそのまま体重を預けてくる。

 のしかかった際に背中に回された怪獣の腕は、容赦なくスーツに爪を食い込ませる。

 左膝から伝わってくるのは、脚が千切れたかと思う程の衝撃だ。

 ビルがまた崩れた。左手は更に屋内に埋もれていく。

 怪獣の爪は増々背中に食い込んでくる。

 そして怪獣の身は更にその重さを増し、無慈悲にも左足にのしかかる。

「――ッ!」

 左足に走るのはやはり激痛だ。

 それでも巨人は左足を動かさない。

 今やふくらはぎに覆われる形となった少女が、まだその下にいるからだ。巨人は痛みに耐えて少女に首だけ振り返る。

 陰に隠れた少女は、その巨人を見上げていた。

 一歩も退かず。

 まるで動ぜず。

 微塵も怯えず――

 ただひたすらに、尊敬の眼差しで巨人を少女は見上げていた。ショーでも見るかのように。スクリーンにでも魅入るかのように。勧善懲悪の世界に、心奪われているかのように。

 巨人はその少女と目が合う。

 少女は花咲くように、一際大きく微笑んだ。

 その瞬間――

「――ッ!」

 巨人は怪獣と逆境を同時にはね除けた。

 大地を揺らし、ビルを押し倒してその巨体が転がっていく。

 巨人は立ち上がり、今一度少女に振り向いた。そして大きく頷く。

 少女が笑顔のまま頷き返した。

 怪獣が夕日を背に立ち上がる。

 巨人はもう一度身構える。まるで左膝が砕けたことなど、なかったかのように身構える。自分の背中にいることが、どれほど安全かを分からせるかのように身構える。

 そう――


 己を信じて疑わない――そんな瞳を向ける少女の為に。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ