空白の十二月
これら、小牧・長久手を起点とする征服事業のとば口に、京芸和睦、という、みやびやかな響きのできごとがおこっている。秀吉と、毛利氏が和睦したのだ。小牧・長久手の戦いの凱歌が秀吉にあがった以上、毛利氏単独で対抗できるはずもなく、和睦は当然のことだった――
(こやつら、どういうつもりだったのか)秀吉は、いぶかしんだであろう。毛利輝元は、信長の猛威に対抗するため、長宗我部元親と同盟を結んでいる。その元親が、徹底して秀吉を認めぬ姿勢を取っていた以上、これと呼応すれば、たやすく大阪を落とすことができただろう……そうなれば、信雄が秀吉との講和に応じたかどうかさえあやしくなる……
これまで、毛利は、秀吉の背後をつねにおびやかす大軍団だった。その存在感を感じずに外交をしたことはない――匕首の鋭さをおもわせたこの大勢力が……
最後まで動かぬ巨壁だった――
天下を競望せず、という元就の遺訓が、それほどまでに、この巨獣を鈍くしてしまったのだろうか――? だが、秀吉は、かつて戦線で、織田家の動きに対応し、つぎつぎと同盟者へ援軍を派遣していた毛利家のふところのふかさを見ている……
(来るなら来い)という意気込みなしで西国に望んだことなどなかった……
だが、この巨魁は、沈黙しつづけた。
大毛利の威望……それが蠢動すれば、自分に対する世間の風当たりは、はるかに酷烈なものになっていただろう……
命脈を握られていたのだ――三度まで。
(なぜだ?)
小説としては、この空白の十二月に、両者の密状か、あるいは、秀吉が身をやつして(変装して)、輝元のいる吉田郡山城をたずねてくる、くらいの大きな交流を設定したくなる。
だが、空白の十二月はなにごともかたらず……
十二月二十六日、毛利輝元の娘と、秀吉の息子秀勝との婚姻がとりおこなわれている……




