シャッター音
カシャッ。
まただ。また誰か隠れて撮影しやがった。
俳優として少しばかり売れ出したオレは、自他ともに認める容姿を持ってる。
結構背丈があるが、筋肉もそれなりに付いており、細マッチョというやつだろう。
最近ではドラマの準レギュラーだけでなく、ファッション誌の仕事も入り、
このまま売れていくのを疑ってもいなかった。
スキャンダルに突き落とされるまで。
こちらは全くその気はなかったんだが、よりによってマネージャーがオレに惚れて、
SNSやら怪文書やらを使い、匿名で女性関係のかなり悪質な誹謗中傷ネタを触れ回ってた。
確かにあの女にはデビュー当初からすごく世話になっていた。そこは感謝してた。
だが、妙な噂が出回り始めたあたりで興信所に相談しようとすると止められ、
あの女が紹介してきた興信所は最初からあの女とグルで、デタラメな報告をあげてきて、
一向に騒ぎが収まらなかったのに業を煮やしてこっそり別の興信所に相談したら、
全部あの女が仕組んでた事だと発覚し、証拠を事務所の社長に突き付け辞めさせた。
精神的に追い詰めれば、マネージャーの自分に依存して恋愛関係になれると考えたらしい。
当然あの女は事務所をクビ。マネージャーも別の、今度は男性のしっかりした人になり、
あの女には接近禁止命令が警察から出て、グルだった悪徳興信所も業務停止処分。
ようやくカタがついたと思ってた。
正直、その考えは甘すぎた。
ネットでもメディアでも、痛くもない腹をずっと探られ続けた。
中学時代の同級生を名乗る人物が顔も名前も出さずにオレの中学時代の『武勇伝』を語る。
高校時代に近所に住んでいたという顔を隠されたオバサンが当時の『評判』を暴露する。
全部、身に覚えなんかない。
事務所の社長も新しいマネージャーも、雑誌やテレビ局に抗議も説得もしてくれた。
だがろくに聞きやしない。どこのメディアからも、のらりくらりとかわされる。
連中にとっちゃ、芸能人や有名人なんて大量消費するネタのひとつでしかないんだろう。
評判の落ちた人は使いづらくてねぇ、などと割とストレートに言われ、
コンスタントに入ってた仕事が来なくなる。準レギュラーだった番組はとうに外された。
半分はあんたらのせいだろうが!
事務所側も頭を悩ませた挙句、しばらく休業することを勧められた。
オレにもどうすればいいか分からず、頷くしかなかった。
そんな中、元マネージャーの女が死んだ。
接近禁止命令が出ていたにもかかわらず、うちのマンション付近をうろうろしてたらしい。
警官が職務質問をすると逃げ出して坂を転がり落ち、乗用車に轢かれて内臓破裂とか。
追いかけられる事はもうなくなったのかと思うと、少しは安心できた。
休業して一ヵ月経つが、まだメディアはオレの話題を持ち出してくる。
あの女が死んだのを、今度は『愛ゆえの悲劇』に仕立て上げたいらしい。ふざけんな。
野暮用で外出する時も、時々どこぞの雑誌記者が突撃してくる。
良心が傷みませんかとか、責任を感じませんか、だと?
純粋な被害者だよ、オレは。
時を同じくして、外出中にシャッター音が聞こえるようになった。
最初は、別のものを撮影してるかもしれないと、気にしないようにしていたが、
あまりに頻繁なのでエゴサしたらオレの隠し撮り画像が出るわ出るわ。
一般人だとしたら数が多すぎて訴えきれない、と思った。
前回お世話になった興信所に相談し、弁護士事務所も紹介してもらい、
所属事務所にも協力してもらって逆襲を考えた。
「え、なんでですか?」
「それがこの隠し撮り画像なんですけどね、おかしいんですよ」
訴えが起こせないと聞き、苛立ちながら聞いたオレに興信所の担当さんは告げた。
「入手経路をたどると、元のデータが全部同じところに行きつくんですけど」
膨大な隠し撮り画像が一か所から出ているとは。それなら訴えやすいだろうよ。
…いや。日付も移した角度も違う膨大な画像が、一か所から?
「あなたのスマホなんですよ、最初の転送元が」
訳が分からない。ハッキングとかされてるのか?
こちらでも徹底的に調べてみますので、あきらめないでくださいとは言われたが、
現状どうしようもないので興信所を後にする。
もしかして、今オレのスマホ使えないんじゃ?と思い、開いてみた。
普通にメニューが開く。
カシャッ。
撮影音が聞こえた。
思わず周囲を見渡したが、目の届く範囲には誰もいない。
カシャッ。
カシャッ。
カシャッ。
カシャッ。
カシャッ。
連続して撮影音がする。
ぞわりとしたものを感じて、オレは全力で走り出した。
遠回りし、何度も振り返り、タクシーで隣駅まで向かって列車に乗り、
人目を徹底的に避けながら、オレは自宅にたどり着き鍵を閉めてへたりこんだ。
なんとなしにスマホを出して見る。
『データが一杯です。バックアップを取るか、不要データを削除してください』
なんだこれ。画像データでギチギチになっている。
恐る恐る画像ファイルを開く。
オレが慌てふためき、逃げまどい、振り返り、列車に駆け込み、部屋に帰る。
さっきからの一部始終が画像として写っていた。
スマホを持つ手が震える。オレは全データ削除を押した。
『全データを削除しました』
メッセージを見て、長く息を吐く。
カシャッ。
叫びだしたくなる気持ちを抑えながら、今撮られたらしい画像を開く。
笑顔のあの女がそこにいた。




