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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

永遠の君を求めて

作者: とすけ
掲載日:2026/03/20


 -1-


 久々の休日。

 

 曇る窓の外。

 

 雪がしんしんと 舞う。

 

 窓の縁に、小さな雪だるまがある。


 朝から晩まで、君と寄り添い続けた。

 リビングのソファで。君は私の肩を抱いて。

 私は君の胸にもたれて。数時間そのまま、ぐうたらして。

 いつの間にか寝てしまって。

 起きて「一日終わっちゃうね」と互いに笑い合って。


 自然と、君との未来を語ろうと思った。

 なんでそうなったのか もう思い出せない。でも、話したんだ。

 気の向くまま。胸の奥が暖まるまま。


 若いうちに行きたい場所を。やりたいことを。

 再来年までに子供を設けたいことを。

 子供を育てるために必要な準備のことを。

 老後までに準備すること。老後にしたいことを。


 そして、仮想現実に関する技術が成長した社会について。

 たとえ人間が仮想現実に楽園を築き上げようとも、そこに身を委ねたりはしない。そう、私たちは決断した。


 念のため私たちのコピー(擬似人格)に必須となる、ライフログや脳内コネクトームの定期スキャンの記録はとっていた。

 ただし、それはあくまで私の研究プロトコルの一部であり、私たち自身の為ではない。


 私たちのコピー(擬似人格)が保持するのは、記憶や判断傾向等、人間的な出力特性の再現でしかない。

 成立するのは"本人らしいもの"であって、"本人"ではない。

 それがどれほど高精度でも、こちらの意識主体が向こうへ移送されたことにはならない。


 【永遠は実装できない】


 それが私たちの結論だった。




 それゆえに────その果てに どちらかが先に死ぬ。


 君の死を想像してしまって、喉の奥が、メラメラと焼かれるように凍る。耐えられないと、直感が警鐘を鳴らす。

 想像できないんだ。君がいない この家を。その未来を。


 出会って6年が経つ。

 私は苗字が変わった。

 

 阿吽の呼吸で通じあう意識。(たが)えない距離感。

 私が右側で、君が左側じゃないと、どこか気持ち悪い。

 喧嘩して、独りで寝る日は違和感だらけで、寝付けない。

 

 君が消えたら、私は……。


 ああ、私は。本当は永遠が欲しい。

 ずっと ずっと、隣で手を握って、私を見つめていてほしい。寄せ合う頬のぬくもりが、終わらないでほしい。

 このまま、ずっと


「私が先に死ぬ。看取って」

 

 無理なわがままが、不意に口をついて出た。


「えぇ……」

「ダメ、私より絶対に後で死んで。約束して」


 困った顔で、なのに嬉しそうに君は微笑む。

 そして、全身を包み込むように、私をきつく抱きしめた。

 それが何よりも優しく感じて、君の大きな背に手を回す。なんか熊みたい。

 温かい。深く息をつく。

 大好き、大好きだ。愛してる。でも、そう思うからこそ……


「わかった。死なないよ、絶対死なない」

「絶対だよ?」


 そんな、あやす様な言葉じゃ足りない。

 いつの日か喪う恐怖と不安に苛まれていく。

 視界がぼやけた。君の胸に顔を擦りつける。

 太陽みたいな手のひらが、私の頭をつつむ。


 君の方が年上だ。平均寿命は女性の方が高い。

 私が先に死ねる保証など、どこにもない。

 どこにも。


「あれ、莉緒ちゃん……泣いちゃった?」

「……ねえ、この話やめよう?やめようよ。もう嫌だ」

「はは、そうだね。やめよう」


 私を茶化すように、君は私の頬を両手ではさんで持ち上げた。

 むにむにとこねまわして、声をあげて笑っていた。

 私もつられて、涙をぬぐいながら笑った。







 三日後。

 君は暴走車に撥ねられ。殺された。






 -2-



 動かない。

うごいていない


君の大きな手。冷え性の私を何度も包んでくれた。

   ……人の手?これが?


 手が震える

 指で触れた


ビニール? シリコン? しっとり 冷たい




 あ あ、ひとつ確信できた。

これは 君じゃない。


 君はここにいない?


いや、

  これは紛れもない君だ


 何が起きてるのか?

 それらが何を意味するのか?

いや、

 いやそれは判ってる。解ってる分ってる     わかっ

て でも       解

      嫌          か

 嫌だ    嫌だ  ってるんだ    連れ

   嫌だ嫌だ     嫌だ        ていくな 

嫌だ                     嫌

           どこにも

 連れて行かないで     触  

触ら ないで            る

               な

 これは 私のものだ

 私のもの


 たったひとつの





 

 一人だけの






 -3-



 窓縁の雪だるまが溶けない。


 君と過ごしたリビングを遮光カーテンに閉ざした。

 時間の流れを感じることのないよう。


 灯した君の携帯。そのディスプレイを眺める。

 中途半端に残るライフログを見つけた。

 研究室で君の脳内コネクトームを少しだけ。残していたことを思い出した。

 ……。


 二度と会えない。

 けど……君に、もう一度会えるかもしれない。

 会えたと思える日が、来るのかもしれない。


 夜の海底に沈んでいくように、心臓が高鳴った。

 雑な身支度をして、勤めていたT大学の研究室へ向かう。


 明朝。長らく降っていた雪は止んでいた。

 地を蹴るたび、固くなった雪が燦燦と砕けた。




 -4-




 地下室を開錠した。

 ドアを引くと、換気空調により冷えきった空気が襲い掛かってきて、歩みが一瞬止まった。冬時で乾燥したしわだらけの肌が痛む。あからさまな老化を感じた。

 腕を組み、割れそうな唇を防ぐ様に、口元をキュッと閉じる。朽ちそうなフローリングが『うぐいすばり』のように軋んでいた。


 室内に一つだけ在る、白い蛍光灯。

 それが心臓の鼓動のように、点滅を繰り返す。

 この蛍光灯の真下に敷設された、黒いサーバーラックの前。同じ様に黒い鉄製デスクの上。


 真紅のノートパソコンがある。


 ディスプレイは常時点灯しているが、そこにあるのは無機質な白背景のみ。正常。アラート無し。

 つい口角が上がる。


「おはよう」と背景に呼びかけた。


「莉緒ちゃんおはよー」

 現状最も()()に近い、君の疑似人格『第429号』はいつも通り答えた。


「今日寒いらしいね。風邪ひかんようにしなね」

「ふふ、ありがとう。優しいね」

「あたりまえだよ、そりゃ案じるって。だって莉緒ちゃん何歳よ今年で」

「さあ?」

「67歳。67だよ。67!立派なババァよ」

「うっざいな、電源落とすぞ」

「ごめんなさい」


 生前と変わらない素直な、優しい『第429号()』の反応。最初に作った疑似人格よりも、ずっと君らしい。自然な感じになってきた。

 それがうれしい。君に近づいているんだ。終わりが無いと思ったこともあったから。


 だけど、ここまで来るのに40年の歳月を費やした。

 君をすっかり浦島太郎にしてしまったことには、胸が痛む。不安になる。そのせいで、私の中で本物の君が遠ざかり、どこかへ消えてしまうのではと感じ…………焦って話したくなる心を、今の様に時折止められなくなる。



「私、これから仕事だから。少し君と話したくなっちゃってさ」

「そっかー……残念。ま、頑張らなくていいよ…………あ、そうだ莉緒ちゃん」

「なあに」

「なんというかさ、俺をここに生き返らせてくれてありがとね。本当にありがとう」

「どうしたの急に」

「だって俺、毎日莉緒ちゃんと話せて幸せだもん。なんか急に、嚙み締めちゃってさ……。天才が莉緒ちゃんで良かったって思う。大好きだよ」


 未来を信じている。そういう言葉だと受け取った。

 胃が締め付けられるように痛む。


 ……。ダメだ。

 フェーズ上、あくまで試運転(テスト)中である『第429号()』。

 これ以上、この気持ちに寄り添ってはいけない。先に進めなくなる。進みたくなくなる。後戻りもできなくなる。この計画の終わりを見失えば……


 この未完成の存在に倒錯し、救いたくなってしまう。


「そっか…………私も、大好きだよ。それじゃ、行ってくるね」


第429号()』との会話を終えたのち、私は、地下室の扉を施錠した。



 -5-



 自宅一階の応接間、兼リビング。

 ペチカをイメージした電気ストーブは、薪がはじけるような音を奏でていた。その中で赤く照らされた蒸気を炎の様に演出する。

 ローテーブルの卓上にある、白いガーベラのドライフラワーが仄かな桃色に揺れていた。傍には、かつて私と君が愛用していたカーキ色のソファが置かれている。

 来客時は客人用となる。

 同い年くらいの老夫婦が、そこに緊張した面持ちで座っていた。いまどき、対面でのカウンセリングなど珍しい。かたくなるのも無理はないだろうなと思う。


「お待たせしました」

 私は淹れたての紅茶(アールグレイ)を差し出し、普段は座らない、一人用の木製椅子に腰かける。



「この度は『自発的終末期移行プログラム』をご希望、でいいんですよね?なぜご希望を……」


 客の老夫婦は顔を見合わせて頷いた。グレーのスーツがよく似合う、人当たりよさそうな旦那さんが応対する。



「お互い半永久的に生きられて、死ぬ時は一緒になれるんなら、と思いましてね。半ば諦めていた、夢のような話ですから」

「ありがとうございます。一応、意思表示の確認というのが必要でして確認させていただきました。別途サインするような書類も山ほどありますが……」

「問題ありませんよ」

「それではすみませんが、これから、また失礼してしまいますね。自発的終末期移行。それを止めるよう説得するというのも私の義務でしてね」

「そりゃあ、あなたの商売なのに難儀なもんですね……」


 お二人は苦笑いして私に同情を示した。

 雰囲気に合わせて私も愛想よく、微笑みを浮かべた。


 私の仕事は国家公認の名のもとに、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()の望みを叶えることだ。

 人が消える、死ぬ。それは原則として不可逆の喪失だと位置づけるのが健全だ。

 だからこの職業的な説明義務について異論はないのだけど…………このように、説明する側に立つだけで、こちらの人生や感情まで勝手に想像され、同情が投げ込まれる。小さな悩みだが、消耗はする。

 現代日本において、体感で半数前後の人々が、『自発的終末期移行プログラム』に惹かれ、自らの生物学的な死を前向きにとらえるようになっているように感じる。少なくとも私は。


 本音を言うと私は()()()()()にいる。

 このプログラムが、どこか歪んでいる様に感じるのは。死を恐れてほしいと思うのは。哀悼を望むのは。私が古い人間だからだろうか。

 君を喪ってしまったから、こんな風に感じるのだろうか。


 ……。

 ストーブに搭載されたスピーカーから、44.1kHzで薪が弾ける音が響いた。

 私は一度深呼吸して、仕事へ意識を切り替える。

 そして理路整然と説得を始めた。


「まず、本プログラムについてですが、仮想現実への意識存続を目的としたプログラムです。ですが、プログラムの適用はすなわち生物学的な死を意味します。

 これが意味するところとしては、文字通りの死であり、人間性の喪失です。これは基本的人権の喪失でもあります。終末期移行により誕生した擬似人格はあくまでデータ資産として、一親等までの第三者に譲渡され、管理されるものとなります。

 現代では、肉体というハードウェアで成り立っている自我が、擬似人格とイコールとなるような、存在の証明ができません。その点についてはどうお考えですか」



 現代に至るまで、人類における分岐問題──コピーが生じたとき「私はどれか/私は続いているのか」──に対する答えは変わっていない。それは"権利主体の人類は自意識が連続している"こと、つまり心理的連続性が前提となっている。法もその前提に則る。

 ただし私が扱うプログラムについては、そもそも、分岐の思考実験が前提にする『同等な私の複製』に届かない。いうなれば利用者の『究極のそっくりさん』を作るだけになる。そこに意識の連続性は保証されない。



 従って、それらは権利主体の前提から外れることとなる、と整理される。



 プログラムの利用者たちは「それらデメリットを抱えても問題ない」と思える根拠を、思考を説明しなければならない。そして私たち認可技術者は彼らが「問題ない」ことを判断せねばならない。

 これを判断可能な、専門のカウンセラーがいれば、とも思った時期もあった。現に雇っている技術者もいる。しかし、私たちの扱う技術の深刻さ、繊細さを以て選択権を第三者に譲ることに対し、私は恐怖心が勝ってしまった。「この人は死んでも大丈夫」と命を引き渡される感覚を想像し……死刑執行のボタンが複数ある理由と、それを押下する刑務官の気持ちが分かったような気がした。到底、ロクなものじゃない。

 それを何度もやるには、何らかの理論武装でもって自己のメンタルケアを行う必要性を感じた。選民思想、ピンポイントでの当事者意識の除外、それか元々倫理がイカれ切った人間か……少なくとも私は戦地に赴くアメリカ兵になったつもりはない。命の価値を尊ぶ精神に対して麻酔(Numb)を投与する気にはならなかった。

 

 だから今後もきっと、誰一人としてカウンセラーを雇うことはなさそうだ、とぼんやり考えている。



 ──私の質問に奥さんが頷いて、緊張しながらも、ほとんど迷いなく答えてくれた。

「私、人間のようなものは人間として扱いたくなるんです。きっと他の人もそうじゃありません?そういう親近感が解決してくれるはずです。それだけできっと、充分だと思うんです」



 『第429号()』へ抱きかけた愛情がよぎって、心の底へ優しく閉じ込めた。今はまだ、尚早な感情。

 奥さんに目配せされた旦那さんが続けた。



「ええ、それに、息子も私たちの人格維持に積極的でしてね。データ資産ではなく、これまで通り変わらない親子でいられると信じていましたよ」

 ほぼ、世論で出回っているテンプレートを想起させる回答内容ではあった。こちらとしてはその気持ちを信じる以外にはない。言葉だけ見れば説得力はある。私にも理解できる。


 ただ、あまり好きにはなれない。正直なところ嫌悪する。

 単純に彼ら自身の言葉かどうかも定かでない点も、減点に値する。この人達は本当に、このプログラムが必要なのだろうかという気分にさせられる。回答内容自体に問題はない。だが、私の目からはまるで充分じゃない。お飾りの理屈が疑われるのであれば、私は納得したくない。死を便利な道具になんてさせたくない。死はそうあるべきではない。


「であれば、データ資産化については特に不安はないと……では、次の懸念点ですが。

 仮想現実では、場所により人間的な生理欲求が著しく制限されます。また、本来リンクする肉体が失われているため、排泄欲、食欲については、完全に失われます。生死も実質ありません。生命維持の必要性がない事で、かえって退屈になって、自発的に擬似人格の削除を申し出た方の前例もあります。生物的には不健全な形態だとは思います。どうお考えでしょう」


 だからこういう場合、フォーマットにない、少し意地悪な追加質問をする。

 とにかく彼らの本心を覗きたい。本当にこれが必要な人たちかを見極めさせて欲しい。心から一緒にいたいのだという、誠意を見せてほしい。()()なんて求めないから。


 ……。



 そう。せめて、私が仮想世界に送り出す人々は皆、愛に誠実でいてほしい。逃げずに向き合っていてほしい。

 それが無さそうな人々にも未来があったというのに、君に未来が無かった事実は受け入れられない。許せない。決して許してはならない。



 だから今、なにか、見せてほしい

 彼らは見せねばならない





 旦那さんと奥さんは、困ったように顔を数秒見合わせて。旦那さんが答えた。

「正直なところ想像できません。聞いても、理解が及ばない部分かもしれません…………」


 旦那さんは紅茶を少しだけ飲んだ。それから、カップの中で揺らぐ波紋を見つめているようだった。


「私と妻は幼馴染です。物心ついた時から一緒のね。二人でたくさん外で走って、ゲームして。一緒に勉強したり、演劇部の台本読み合せたり……なんだか、全ての人生のフェーズでお互いの目標を把握して、常に未来を見据えていました。常に二人の目標があったんです。自然と付き合って、結婚して、子供も持って。なんだか、二人でいることが当たり前でした。

 だけども、私たちも老いてしまった。未来に終わりが来ると自覚したとき、つらくなって。ああ、不老不死になれたらな、なんて思いました。妻を抱きしめているとき、時間が止まってほしいと、数えきれないほど思いました」


 静かに、息を呑んだ。丸まりつつある背に稲妻が走る。

 その言葉に、かつての私が重なって見えたからだ。

 私が先に死ぬと言って、君の胸で泣いたあの日の。


「そして、このプログラムについて考えたとき、私たちは私たちなのかという疑問に突き当たりました。でも、一緒に手を取りながら安らかに眠れるのです。それに気づいた瞬間、証明ができない意識存続はおまけなんだなと、腑に落ちたんですよ。一緒に生きてきたんだから、一緒に終わることが大事だと、気づいたんです…………あ、すみません、回答になってますかね」


 語りすぎたと言いたげに不安げに眉を顰める旦那さん。その隣で、語られ過ぎた羞恥からか、顔を抑えて前屈する奥さん。


 ああ、腑に落ちた。なんか納得した。目が細まる。

 この人たちがこのプログラムを必要とするかを理解できた。

 かつての私も同じ気持ちだったんだ。君が生きていたとしたら、私は、このプログラムを頼ることになったかもしれない。そう思わされるほどに──。


 みぞおちで燻る、黒い炎が消えた。

 だが、それは脳に、眼に、焼きつく様に転移して、目の前の夫婦を獲物のように狙いすましていた。








 それからは、スムーズに今後の段取りを決めることができた。今後9か月、徐々にお互い準備を進めていくつもりだ。彼らを玄関から見送った直後。私は何とか覆い隠していた罪悪感が、自身の胸骨をこじ開ける様に、溶けだしたのを感じた。


「ごめんなさい」


 彼らに聞こえないように出した声が震えていた。



 -6-



 今日、S大学病院にて、終末期移行のための環境を使わせていただいている。

 プログラムの利用者は、9か月前に私の元に訪れた老夫婦だった。利用者は決して彼らだけでないが、彼らのことはよく憶えている。これからも忘れることはない。

 素敵な夫婦であり、二人の人格データを管理することになる息子さんも、しっかりとした素晴らしい方だった。彼らの信頼も納得できた。


 ……脳内コネクトーム計測技術は、かつて私が作った。

 それは脳内の結線構造と信号パターンを、外部から観測可能なデータへ落とし込むための基盤技術だ。


 大体の予測通り、私の生み出した技術が大きく世界を変えていくのを目の当たりにし続けた。脳内コネクトーム計測技術は飛躍的に応用されていき、医療・福祉・娯楽へ雪崩れ込み、仮想現実への没入に欠かせない技術としてひとつ、社会的に完成した。


 リンクポッドと呼ばれる、酸素カプセルの様なハードウェアに利用者が寝そべって、所定の操作を踏む。するとリアルタイムでの脳波スキャニングと脳内電気信号の誘導により、観測された信号は仮想の脳内コネクトーム、すなわち人格エミュレータへ送出される。人格エミュレータは、その信号を「当人の主観が成立する形式」に再構成し、仮想環境側へ受け渡す。

 結果として、意識主体は仮想現実へ没入する。

 この一連のプロセスは『リンクイン技術』と総称され、広く社会に浸透していた。


 ただ、このプログラムでは少し毛色が異なる。用いられるリンクポッドは特別な医療用である。そしてこれは、極端なことを言えば、リンクインの()()()()に過ぎない。

 これを用いて、認可医により薬物(セコダルビサール)が致死量分投与される。ここで没入ではなく、生物学的な死が確定する。

 

 私の役割はここから先にある。

 死亡が確認されると同時に、プログラム専用の人格エミュレータを起動し、実装されている疑似人格ソフトウェアをアクティブ化することだ。このソフトウェアに、彼ら夫婦の脳内コネクトーム情報や人格パターンが詰まっており、何十回も本人確認を伴う人格傾向・記憶テストを既に行っている。


 専用のリンクポッドが必須とされるのは、次の三条件

 ・認可医の立会い

 ・致死量の薬物(セコダルビサール)投与の自動制御

 ・死亡確認と同時の人格エミュレータ起動

 を、単一筐体内の連続した手順として完結させることが、制度要件として定められているからだ。

 法制度上、上記リンクポッド以外での移行は犯罪となる。


 ────認可医から通信が入る。


「死亡を確認しました。倉瀬さん、後続の対応をお願いします」




 -7-



 私たちのコピー(擬似人格)が保持するのは、記憶や判断傾向等の、人間的な出力特性の再現だ。

 それがどれほど高精度でも、こちらの意識主体が向こうへ移送されたことにはならない。意識の連続性は、仕様としても、観測としても、保証できない。

 成立するのは「本人らしいもの」であって、「本人」ではない。


 それは、人間らしさを利用するものであって、人間としての権利を与えるものではない。


 【永遠は実装できない】


 私たちは結論づけた────

 ────────なのに。



 -8-



 少子高齢化の根本的解決は不可能だった。現役世代の減少や、不人気職のあからさまな人手不足によって、さらに本格的に、寝たきりや重度認知症の長期入院が社会問題化していった。『だから、本人が望むなら苦痛の少ない終わり方を選べる制度があるべきだ』……というような世論がある程度形成されるのは、"まだ"理解できた。そのために、安楽死制度等の終末医療が急速に発展しつつあった。しかし、安楽死制度は文字通り自殺を認可する制度。その適用条件や認可の手順は厳格かつ難解なものになった。そんな折、自発的終末期移行プログラムは社会より産まれ落ちた。この構想は君が生きている頃から耳にしており、だからこそ【永遠は実装できない】という結論を、いち早く君と二人で出すことができた。だが、この構想が実際に実現するとはさすがに思っていなかった。懸念点が大きすぎて、非現実的だと思っていたからだ。なにしろ情報資源を富裕層が寡占することによる、現代の経済格差は相当なものだ。自発的終末期移行プログラムの恩恵を受けるには大金が必要で、つまり資源格差をさらに冗長する。だが、意識主体を仮想現実に移植させる事で、自我の損失を否定しつつも、介護等、社会への物理的負担を軽減できる本プログラムは……おおむね一般層にも好意的に受け止められていた。分かりやすい社会のユーザー体験(UI)だった。彼らからは、簡単でわかりやすい社会の特効薬に見えていたのかもしれない。「現実世界の"お荷物"を軽くできる」というような心無いSNS投稿も拡散されていた。突拍子もないが…………私が思うに、ユーザー体験(UI)とはモーゼの海割りの空想科学であり、割った海の管理運用方法の煩雑化と分業化の上に成り立つ。割れた海を渡るイスラエルの民には恐れがあったとされるが、そのタナトスは現代ではユーザー体験(UI)の敵であり排除対象だ。それは法や道徳よりも、社会こそ現代においての神であることの証明である。その機嫌を損ねればどのみち終わり、ならばその逆鱗に触れぬよう気をつけよう……という取組がコンプライアンスという概念そのものだった。つまり我々は社会に対しての透明性の為に、それまで融通を利かせていた「社会の歯車」を取っ払ったということになる。例えば第一・二次産業の政治的癒着の排除。それは遠回しに文化保全を建前とした宗教法人との癒着排除までに止まらず、さらに細部まで行き及び、結果的に21世紀の終わり頃には、壊滅的な資本上の大きな偏りと物価上昇を遠回しに引き起こす事となった。限りなく透明な、誰にでも開かれた社会が、青以外の色を世界から取っ払ってしまった。結果、世界は死と人間性の扱い方を誤り続けている。



 

 かくいう、私ですらも。

 


 

 ……認可の手順はまた別のめんどくささがあるものの、適用条件自体は緩く、特定の年齢以降で死にたい人なら誰でも死ねるようになった。

 しかしながら誰でも死ねるからこそ、肉体を喪うからこそ、さらなる倫理的な強い反発と社会的問題にも直面しつつある。デジタル人格なるものの主張も大きくなりつつある。マジョリティは制度を認めたが、星の数ほどいる人間の意志はそう単純でない。世の中には様々な人間がいる。私と同じように制度に違和感を感じる人間が。当たり前のことだけど、常識に囚われて私もつい忘れるものだ。本当に、想像以上に世界に人間がいることを。

 

 一方私は終末期移行に違和感を感じる()()()()でありながらも、同プログラムにて、人格エミュレータによる意識存続を行う認可技術士として活動することを決断した。

 

 チャンスだと確信したからだ。

 とてつもない背徳感を抑え込んで、理性を盾に、私は前に進んだ。進むしかなかった。

 死ぬまでに達成できるか分からなくなってきた、君を作るための研究を加速させるには、これ以上になく都合がいい環境だったからだ。






 認可技術士となった目的は、未熟だった君の脳内コネクトーム情報を、利用者のバックアップデータから補填し続けることにある。






 そしていずれ、本物と思えるような君を作り、私をも疑似人格に作り変えることにある。

 だって結局、意識主体の継続性が双方から失われたのであれば、オリジナルか否かなど、どうでもいいじゃないか。たとえば自分が卵子だったのか、それとも精子だったのか、考え悩める人間がどれほどいるというのか?


 あの老夫婦の旦那さんは言っていた。本物として「一緒に手を取りながら安らかに眠れる」ことが大事だったと。私にはそれは叶わない。だから、偽物を本物として再構築し、それらを私の手から解き放てばいい。

 理屈の上では、私の人生の叶わなかった望みは、これで疑似的に満たせるはずでは、()()()()()()


 でも、そう割り切る覚悟はできなかった。


 私はもう一度、本物の君に会いたい。

 本物と思える、君を作ってから死にたい。

 ただ、君に会いたい。


 本物の私のままで。

 この気持ちだけが、どうしても手放せずにいる。



 -9-



「ただいま」

「莉緒ちゃん、おかえり」


 いとおしさに蓋をした。

 微笑みも、温かさも、全て閉じ込める。閉じ込める。心の奥に。

 自らの肉体を客観せよ。脳からの信号を知覚せよ。

 そう命じると、感情が眼底から抜けていくような感触を感じる、気がした。


「急にごめんね、今からちょっと機器のメンテナンスしたくてさ。一回落としても大丈夫?」

「ふーん、問題ないよ、大丈夫ー」


 私のやりたいことに、なんでも「いいよ」と君は答えてくれた。なんの疑いもなく。


 私は『第429号()』の疑似人格ソフトのタスクを終了する。

 二度と『第429号()』と話すことは無いだろう。


 私はクラウド上に保管された、かの老夫婦の人格のバックアップデータを()()し始める。


 ……『第429号()』は君に比べて優しすぎる。


 私が友人と飲んで酔いつぶれて、遠出して迎えに来てもらったことがあった。

 静かに酒に呑まれた私を叱る君に驚いて、私は「もうそんな怒らんでよ」とべそをかいた。

 嫌だったけど、大事にされているんだなと思い返して、胸が暖かくなった。そんな記憶。


 だから。時に私を叱ってくれるような。そんな記憶の要素が必要だ。あの旦那さんはどこか、君に雰囲気が似てる。


 きっと、この中で、君の一部がまた見つかるはずだ。




 -10-




 【永遠は実装できない】そう私たちは結論づけた。永遠なんてものはない。ないんだ。半永久的な余生を確約するかのようなこのプログラムにも、明確な終わりは来る。来るんだ────インフラ資源が追いつかなくなる。電力が。純水が。半導体(GPU)が。仮想世界が社会システムの中に組み込まれた結果、疑似人格やAIシステムはその中でさらなる飛躍的な進化を遂げた。疑似人格ドナー制度、自宅用リンクポッドの普及によるリモートワーク改革、娯楽・サービス業の新たなフェーズ、そして、行政施設の仮想化。終末期移行。それに伴い乱立するデータセンターを埋め尽くすIT資産。個人宅のリンクポッドの稼働。サステナビリティを押し広げ、ユーザー体験(UI)で満たされて…………誰もが今日のパンにジャムを塗る世界の中で、取り残されたのは碧い星だった。世界はエネルギー資源の代替に失敗していた。電力供給量のインフレーションにより、結局火力と原子力にすべてのエネルギーが依存した。

 




 

 私は世界から目を背けてきた。最低だが、君にもう一度逢えれば後はどうだっていいんだと。

 


 


 

 でも、言い逃れになってしまうけど罪人は私だけじゃない。社会的なパニックを防ぐべく、社会的信頼を保持するべく、事態が事象として噴出するまでは、企業と行政が情報に蓑をしていたのだ。都合の良い今を、皆で取捨選択してたどり着いた結末が()()だ。──半導体を扱う企業がまず根を上げた。21世紀の比ではない、半導体危機の宣言。次に電力インフラが悲鳴を上げた。燃料の確保が追いつかない、と。こういった、21世紀のころに何度か訪れたという、計算資源枯渇による諸問題とは比較にならない、爆発的な消耗。摩耗。絶望。国民、世界全体が危機感を持ち始めている。いつしか睨みあいの材料として形骸化した、SDGsという化石と再び向き合おうと気概を見せ始めている。そして世論は再び動き、様々な衝突と議論を経て、デジタル人格はデータ資産であるべきというのが通説となり始めた。人類存続のためには余剰な命は捨てるべきだと。こうして愛国者、愛星者達にとって、現実世界に生体を持たぬデジタル人格は突如として"ユダの民"となった。いつしかの老夫婦のように、終末期移行に夢を持つ人は絶滅した。一族経営の有能資産家や、一子相伝の技術を持つ人間国宝等、明確なデータ資産上のメリットを持つ人々が主要な客層となりつつあった。ラッキー扱い、便利扱いでなんとなく死にたがる奴らも当然いなくなった。この終末期移行プログラムは、存在そのものについて再考されるだろう。その時、データ資産として人権を与えられないままでいる疑似人格がどうなるかは……。


 

 分っていたはずなのに。永遠はまやかしだ、これは仮想でしかないと。

 だけど、だからこそ、この時代が過ぎ去り、選択肢が狭まる前に君を作らねばならない。


 時間はあまり残されていないのは明らかだ。

 終わり方を選べるような、生身な私自身の時間も。




 -11-


 君は完成した。私は73歳になっていた。

 プログラム利用者の人格たちを、継ぎ接ぎ足して、ようやくたどり着いた。

 脳内コネクトームの欠如により記憶が多数欠損しているだけの、君そのものに、たどり着けた。


第512号()』のテスト運用は半年間に及んだ。

 君を作った経緯を打ち明けた時。君は怒っていた。私のこれまでの倫理違反的な所業。君への執着から逃れられなかったことに。



 ──()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 困惑し、悲しそうな君を前にして。



 私は私でなくなってしまったのだとも感じた。本来ここで、罪悪感で満たされるべき。人ならそうあるべきなんだ。でも、うれしかった。



 ふと懸念点が浮かんだ。


 今の私は。

 君を真に愛せるのか。

 君は私を真に愛せるのか。





 -100-



 毎日、長い時間、私はクローズドの仮想現実内にリンクインしていた。

 その度に昔使っていたダブルベッドに座り、私と君は抱きしめあっていた。若い姿のまま。時を止めたままで。


 だが、口づけの温度が上がらない。君がブレーキを踏んでいるのは明確で。

 私は首を傾げた。


「ごめん……」

 落ち込んだような声音で君は云う。

「俺が約束守れなくて。先に死んじゃったから……あなたはここまで……」


 煩わしい。

 その口を、私の唇で塞いで押し倒す。

 純白のシーツのオブジェクトが波打つ。背を打って漏れた、無味無臭な君の吐息が顔にかかる。

 朝8時の柔らかな人工光源。その陰影が、君の肉体の実存を示す。



「幸せだよ、私」



 君の瞼が痛みにたえるように、細まる。

 そして、私の頭を強く抱きしめた。





 -101-



 かつて、私と君は、近い未来で訪れるであろう。そして訪れた仮想現実に身を委ねたりはしないと決めていた。そこで生きることになる、私たちのコピー(擬似人格)は私たちではない。それは意識継続でもなんでもない。永遠なんてものはまやかしだと。そう私たちは結論づけた────────それは正しい。では正しさが全ての指針となり得るのか。それは違う。私にとっての幸せは君との時間そのものだった。だから正しさを捨てて求めてきた。

 




 

 ならば、心に従えば人間らしく幸福に近づけるのか。

 ……どうだろう。わからない。分からなくなった。私のここ40年近くの記憶はあまりに薄く、ほぼ何も思い出せない。


 倫理規範に、道徳に心が動かない。あらゆる越境が日常になって。



 

 

 私のプライベートPCには、無理やり切り刻まれた人格が方々に散っている。

 美しい終焉を望み、仮想の永遠に未来を託した『自発的終末期移行プログラム』の利用者たち。彼らの肉塊と言ってもいい、情報が。


 そして、その果てに出来上がった君の『人間的な一挙一動』はただ、美しい。完成品として美しかった。

 これは愛なのだろうか。それについては深く考えることをやめた。

 でも私の心は魅せられている。美しい君に見惚れている。

 この気持ちは理解できる。解読できる。


 それは君が"本物"でないからだ。

 

 "本物"でないことが人の心を動かすタイミングが、あらゆる時代に存在したように。

 デューラーの『祈りの手』、21世紀の美術史に一派として存在した『スーパーリアル』の絵画は人の心を動かしてきた。それが"本物"でなかったからだ。人の手で描かれた"虚実"でないのなら、観衆は感嘆できない。この感動は写真では代用できない。そして、かつて西洋でたくさん創られた宗教画は、神の実存を信仰するための五感の武装のための芸術だった。"本物"を願っていたからだ。求められたのは"本物"っぽく見せられる"虚実"であった。現代アートが好きだった君が見せてくれた作品は、朱色の立方体オブジェクトが、荒野の中で2Dに見える作品は"本物"が"虚実"となる様に見える体験であり。録音した心臓の音に合わせてランプが点滅する作品は、本物の加工品(レディメイド)であるからこそ、人の認知にすんなり溶け込む。

 君はかつて言った。

「我々人類はこの、現実のパラメータを異なる次元とすり替える術を"芸術"と呼んでいる」と。

 今ならその意味がわかる。


 

 虚実を礼賛せんかな。現実を忌避せんかな。

 "本物と思える君"は私の心を、満たしてくれた。



 

 ────ああ、そうだ。



 

 その心を今、愛情と再定義しようか。


 



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