第9話 猫耳 × 男らしさ
街ゆく人びとの姿かたちは、亮が元いた世界の人間にそっくりだった。
もちろん服装や持ち物に違いはあるのだが、
「今日は中世ヨーロッパ風のコスプレ・イベントをやっているんですよ」
と聞けば、
「へえ、そうなんだ」
と信じてしまいそうだった。
とはいえ、元の世界では絶対に見かけないタイプの人間もいた。
尻にしっぽ。
頭に猫耳。
――そう、亜人である。
猫耳がピョコピョコと風に揺れている。
それを見つめながら、
(ああ、ナオトよ……)
亮は学生時代の友人を思い出していた。
ナオトは、重度の猫耳マニアだった。
「たしかに『まどマギ』は傑作だよ。でも――なぜ猫耳少女がいないんだい? 五人もいるんだ、一人くらいは猫耳が生えていてしかるべきではないかな? おれはその多様性の欠如が気になったねえ」
なんて言って、オタク仲間の顰蹙を買うやつだった。
あるいは、
「たしかに『ヱヴァンゲリヲン新劇場版』は傑作だよ。でも、『獣化形態』――あれはいただけない。なぜ獣化するのがエヴァなんだい? なぜお前が獣化しているんだい? 獣化すべきはマリやアスカの方で、彼女らに猫耳が生えるべきだったんじゃないかな?」
なんて言って、オタク仲間の失笑を買い、
「お前らは何もわかっていないぜ!」
と中指を立てる。
そんなやつだった。
また、ナオトの誕生日のこと。
「あの猫耳マニアを喜ばせてやろうぜ」
ということで、亮たちはドン・キホーテで猫耳カチューシャを購入。
それをつけて、ナオトが一人暮らしする部屋に押しかけた。
猫耳姿の亮たちを一目見て、ナオトはトイレに駆け込んだ。
なぜトイレかって?
直接確認したわけではないが、
「げー! げー!」
という苦しげな声が響いていたので、たぶん吐いていたのだと思う。
(あの時は本当に悪いことをした……)
亮は空を見上げた。
そして、
(お前もこの世界に転生できるといいな、ナオト!)
と友を想った。
だが、
(……いや、待てよ)
気になることがあった。
すなわち――猫耳亜人が実在するこの世界に、「猫耳萌え」は存在し得るのだろうか?
妹を持つ人が「妹萌え」を理解できないように、
「いやいや、妹に幻想を抱きすぎだろ」
と苦笑してしまうように、猫耳亜人が実在するこの世界には、「猫耳萌え」は存在し得ないのではないか?
人間は「ない」からこそ、そこに夢を見られるのではないか?
(ナオトよ)
亮は再び空を見上げた。
(お前はこの世界にはこない方がいいかもな……)
◇◆◇◆◇
亮は、冒険者ギルドに向かった。
「まずは冒険者に登録するといいぞ」
「すぐに仕事にありつけるはずだ」
「宿も紹介してくれると思うぜ」
というのが、トムとゴリゴリゲゴイルマンからもらったアドバイスだった。
歩いて数分、ギルドに到着した。
ギルドは、石造りの立派な建物だった。
ドアが開きっぱなしになっており、「OPEN」という看板が出ていた。
(さあ、いざギルドへ!)
と思うものの、
(……ううっ)
足が重い。
じつは亮は不安だった。
つまりその、
(おれはやっていけるのだろうか……)
という不安である。
どうにも踏ん切りがつかない亮は、ギルドの脇で立ち止まり、さりげなくあたりの様子をうかがった。
ほどなくして一人の男がギルドから出てきた。
それは、プロレスラーのような体格をした男だった。
おまけにスキンヘッドで、後頭部に「殺」と刺青が入っていた。
亮はいよいよ不安になる。
(だって冒険者といえばモンスターを討伐したり、ダンジョンに潜ってお宝を探したりするんだろ? おれに務まるのか!?)
また一人、ギルドから出てきた。
今度は、
(おっ)
小柄な青年だった。
肩幅が狭くて痩せている。
それに、いかにも陰の者という雰囲気をまとっていた。
亮はほっとする。
(そうさ! 冒険者すなわち筋肉ムキムキってことはあるまい。いろいろなクエストがあるはずだ。いろいろな仕事があるはずだ。だからおれだって!)
と、その時だった。
亮を勇気づけてくれた先の小柄な冒険者が、突然ズボンをずり下ろし、その場で立ち小便を始めた。
すぐにギルド職員が駆けつけてきて、冒険者をどこかに引きずっていった。
(……おれ、やっていけるのかな)
◇◆◇◆◇
(えーい、しっかりしろ!)
亮は自らを鼓舞した。
(何ごとも初めが肝心だ)
(特にこういう場所では、一度なめられたらおしまいだぞ!)
亮は胸を張り、大股で歩き出した。
ギルドの中は、元の世界の役所や病院に似ていた。
奥の方にカウンターがあって、十人ほどの受付嬢が受付業務をやっている。
また、壁には掲示板。
冒険者たちが掲示物を眺めている。
左手には、簡素なテーブルと椅子が並んでいる。
イオンのフードコートのようだった。
いまは閑散としているが、
(夜になるとドンチャン騒ぎが始まったりするのだろうか?)
亮があちこち見回していると、
「こんにちは」
ギルドの職員がやってきた。
彼女の頭には、猫耳が生えていた。
猫耳亜人である。
「今日はどのようなご用件ですか?」
亮は、
「えっと。冒険者に登録したくて……」
と答え、
(しまった!)
すぐに後悔した。
(「えっと」はまずいだろ、「えっと」は!)
(ここはもっと男らしくいかないと!)
というわけで、
「いやあ、自分の力を試してみたくなりましてねえ」
と付け加えた。
さらに、腕を肩の高さに持ち上げると、力こぶを作り――いや、ほとんどこぶはできなかったが、とにかくこぶらしきでっぱりに、チュッと口づけした。
「自分の限界に挑戦してみたいんですよ。だから冒険者になろうと思いまして」
猫耳娘は
「フフッ、そうなんですね」
と愛想よくうなずいた。
一方の亮は、
(……おれは何を言っているんだ?)
(いやマジで、おれは何を口走っているんだ?)
(男らしいってこういうことだっけ?)
混乱していた。




