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第8話 友だち × 変態

 ハッピー・タウンは、城塞都市だった。


 街全体がぐるりと壁に囲われているのだ。


 ゴブリンのようなモンスターがいる世界なのだからこういうものが不可欠なのだろうが、それにしても延々と続く石壁を見ていると、

(はえー……)


(よくもまあこんなものを作ったなあ、おい)

 と思わずにはいられない。


 また、壁をゴシゴシとブラシでこすっている人も見かけた。


 清掃人のようだった。


(メンテナンスも大変だ……)


 とまあ観光客気分で窓からの眺めを楽しんでいると、ゲートが見えてきた。


 ゲートはずらりと二、三十個ほど並んでおり、ディズニーランドのエントランスのようだった。


 ほどなくトカゲ車が停まった。


(あーあ、着いちゃったよ……)


 亮は何とも言えない気持ちに襲われる。

 胃の辺りが重苦しい――。


 そう、別れの時が近づいていた。


 トムとゴリゴリゲゴイルマンは、この世界でできた初めての知り合いだ。


 しかも二人とも気のいいやつだし、亮との相性だって悪くない気がする。


 トムとは、

「なあなあ、例の看板娘のどこに惚れたんだい?」

「……え。マジ?」

「お前、マジ?」

「趣味悪いなー!」

 なんてオタクトークで盛り上がりたいし、ゴリゴリゲゴイルマンの方だってトムの友人なのだ。きっと何かしらの癖を抱えているに違いない。


(というか)


 (The sixth)(sense of a)(true OT@KU)が告げていた。


(ゴリゴリゲゴイルマンのような善人面したやつほど、やばい趣味を持っているものだ……)


 心の中のもう一人の亮が叫ぶ。

(やつの深淵を覗いてみたい!)


 というわけで、

「このままついて行っちゃダメかな。つーか、連れていってくれよ」

 と頼みたいところだが、

(……いやいや、それはまずいだろ)


 だってこの二人は物見遊山をしているのではない。


 クエストの最中なのだ。


 邪魔しちゃ申し訳ないじゃないか!


 ――というのは建前。


 もしも彼らの受けたクエストが薬草採集あたりだったら、

「え、薬草採集だって?」

「それ、おれの得意分野ね」

「こう見えても学生時代は園芸部だったんだぜ。特技は雑草むしり。早摘みのルンバと呼ばれたもんさ」

 と嘘八百を並べ立ててでも同行したと思う。


 だが実際には、

「え、サイクロプス討伐のクエスト?」

「相手は群れ? 上位種もいる?」

「それは……おれの得意分野じゃないなあ……」


 ついさっきゴブリンに襲われ、命を落としかけた亮としては、当面モンスターはご遠慮いただきたい気分だった。


 かくしてメチャクチャ名残惜しいし、心細いが、二人とはここで別れることにしたのだ。


 二人は、

「その格好じゃ悪目立ちするぜ」

 と言って、薄手の外套をくれた。


 さらに、

「お前さん、金は持っているのかい?」


「……さっきもらったゴブリンの指を売ってしのぐつもりさ」


 トムは肩をすくめて、

「ほれ」

 数枚の紙幣を差し出した。


「持っていけ」


「いや、これはさすがに……」

 と渋る亮だったが、

「文無しが偉そうに」


 トムは亮のポケットに札を押し込んだ。


 そして、

「次に会った時に利子をつけて返せよな」

 と言った。


 ゴリゴリゲゴイルマンもうなずく。


 亮は困ってしまう。


 もちろん、とても助かる。


 とても助かるのだが、

(いくら何でも現金をもらうってのはちょっと……)


 すると、

「チッ。鈍いやつだ」

 トムが舌打ちした。


 一方、ゴリゴリゲゴイルマンは、

「あのなあ」

 と笑った。


「おれたちは、お前さんとの縁をこれで終わりにしたくない、また会おうって言っているんだよ。だから金を貸すのさ」


 トムは肩をすくめた。

「まったくしまらんな」


 トカゲ車が遠ざかっていく。


 それを見送りながら、

(おれは幸運だ)

 と亮は思った。


 だって異世界に転生して早々に友だちができたのだ。


 これはいわば入学初日、あいうえお順に並んだ時にたまたま隣り合ったやつがメチャクチャいいやつで以降親友になりました――みたいなものであり、

(ゴブリンに感謝だな……)


 亮は、緑色の耳が詰まった小袋を揺すってみた。




◇◆◇◆◇




 ゲートを通る時には、さすがにドキドキした。


 空港の金属探知機よろしく、

「ビビビビビッ」

 とブザーが鳴り、

「すみませんね、おにいさん。ちょっと調べさせてもらいますよ」


 妙な機械を体に押し当てられること十秒、

「ヒューン! ビービー!」


 機械が異音を発し、スタッフの顔色がさっと変わる。


 そして、

「……い、異世界転生者だ!」


 屈強な男たちがやってきて別室に連れ込まれ、気づいた時には王の御前。


 そこで魔王と戦うよう命じられた亮は――。


(なんてことになったらどうしよう!)

 と緊張していたのだが、何のことはない、簡単な手荷物検査があるだけで、あとは既定の通行料さえ払ったら、

「はい、どうぞ」


 あっという間にハッピー・タウンの中だった。


(おお!)


 目の前に広がる光景に、亮は目を見開いた。


 中世ヨーロッパ風というのか、それともイタリア風というのか地中海風というのかわからないが、

(ううっ! こんなことならもっと世界史の勉強をしておけばよかった……)


 とにかく、それっぽい街並みが続いていた。


 遠くには教会風の建物も見える。


 亮は、

(サグラダ・ファミリアみたいだ!)

 と感想を抱くが、これは典型的な「信頼できない語り手」の言葉であって、だって亮が知っている教会といえば、彼の地元にあった幼稚園併設の小ぶりな教会か、あとはサグラダ・ファミリアだけなのだから、とりあえずデカい教会は全部サグラダ・ファミリアに見えるわけである。


 ガウディが草葉の陰で泣いているぞ。


 しばらく街並みに目を奪われていた亮だったが、やがて、

(う!)


 心臓が止まるかと思った。


 街ゆく女性の尻から、長くてフワフワしたヒモ状の何かが伸びていたのである。


(あ、あれはしっぽか?)


(さては獣人! いや、亜人というやつか!?)


 思わず尻を凝視する亮。


 しかしすぐに、

(待て待て。待て待て待て待て待て!)


 慌てて自制する。


 まだまだこの世界の法やマナーに疎い亮だが、しかしたぶん女性の尻を凝視するのはヤバいことであり、

「はい、軽犯罪法違反です」

 と、しょっ引かれるおそれがある。


 しょっ引かれないにしても、

「この変態!」

 と引っぱたかれるおそれがある。


 だから亮はサグラダ・ファミリアを眺めるふりをしながら、横目でチラ、チラチラッと女性の尻から伸びるものをうかがった。


 が、

(……なんかこれ、余計変態っぽくないか?)

 

 心配になってきた。

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