第7話 馬 × ヒョウ
少し離れたところに、トムとゴリゴリゲゴイルマンの車が停まっていた。
一見すると、亮が元いた世界の荷馬車にそっくりだった。
サイズはワゴン車くらいだろうか。
前方に御者台があり、その後ろに荷室がくっついている。
――とまあ、そこまではいいのだが、一つだけ元の世界の馬車とは大きく異なるところがあって、
(……ん?)
亮は目を疑った。
本来馬がいるべきところに、
(……ん!?)
恐竜がいたのである。
体高は二メートルぐらい。
前足が短く、二足歩行で走るタイプの恐竜だ。
それが二頭、牽引具で荷車につながれていた。
「よーし、よしよし」
トムが、ムツゴロウさんよろしく恐竜の背を撫でた。
「よしよしよしよしよしよしよしよし」
ゴリゴリゲゴイルマンは、
「どうだい」
とウインクした。
「なかなか立派なトカゲ車だろ?」
(トカゲ? これトカゲかよ!)
目を丸くする亮。
(はええ……)
それを見て、
「何だい」
ゴリゴリゲゴイルマンが言った。
「お前さん、トカゲを見るのも初めてか?」
「いや、初めてではないけれど……」
トカゲの目がギョロ、ギョロッと動き、亮を見つめた。
(怖っ!)
「おれが住んでいたのは練馬って場所なんだが、そこにはこんなデカいトカゲはいなかったなあ」
「ふーん」
「それに、おれが知っているトカゲは四足歩行だし……」
「何? 四足歩行!?」
ゴリゴリゲゴイルマンが爆笑した。
「ワハハハ! それ本当にトカゲかよ!」
(それはこっちのセリフだよ!)
(こんなトカゲがいてたまるか!)
(どう見ても、映画「ジュラシックパーク」の厨房シーンで子どもたちを追いつめたあの恐竜じゃないか!)
亮は、改めてトカゲを見つめた。
肌は、岩のようにゴツゴツしている。
前足はまるで幽霊のようにちょこんと垂れており、まあかわいい気がしないでもない。
それに、
「……これ、マニキュアかい?」
前後合わせて計十六本の指の爪が、カラフルに塗られていた。
「おう、なかなか渋いだろ?」
ゴリゴリゲゴイルマンが言った。
自慢げな口調だった。
「ちょうど昨日塗り直してもらったんだ」
トムがうなずく。
「本当はもっと派手にいきたいんだが、クエストに連れていくトカゲだからな。あまりデコるわけにはいかないんだよ」
「そうそう。以前金ピカのネックレスをつけたこともあるんだが……まあ、ひどい目に遭ってな」
「ネックレスがピカピカ光りまくったせいで、山賊に見つかっちまったんだ」
「あの時は大変だった」
「ああ、あの時は大変だった」
どうやら元の世界でいうところのデコトラの感覚らしい。
ゴリゴリゲゴイルマンが御者台に座り、亮はトムとともに荷室に乗り込んだ。
荷室は荷物置き場であり、かつ、旅の間の居住スペースになっているようだった。
天井付近にはロープが渡され、パンツが干してあった。
隣には、魚の干物が干してある。
雑然とした感じが、妙に懐かしかった。
(男子大学生が一人暮らししている部屋みたいだ)
(……まあ、女子大生の部屋もこんな感じなのかもしれないが)
あいにく亮は女子大生が一人暮らしする部屋を訪問した経験がないので、果たしてどうなっているのかわからない。
(聞くところでは、女子の部屋にはフローラルな香りが漂っているというが、あれは本当なのだろうか)
亮はクンクンと鼻をひくつかせた。
――魚の腐ったにおいがした。
◇◆◇◆◇
亮は元来、車酔いしやすい方だった。
だから
(酔ったらどうしよう……)
と不安だったのだが、その懸念は杞憂に終わった。
(なかなか乗り心地がいいぞ!)
――じつはこれは神がくれた能力【身体頑強】のおかげなのだが、亮は神からそんな力をもらったことをすっかり失念しており、
(サスペンションがいいのかな?)
なんて考えていた。
まったく不敬なやつである。
亮は荷室の天窓を開け、そこから顔を出してみた。
風が気持ちいい。
まるで草の海を走っているようだった。
(うひょー! 最高!)
で、ふと思い出した。
顔を引っ込め、
「そういえば気になっていたんだが」
「何だい」
「このあたりでは、トカゲ車が一般的なのかい?」
「一般的ってのはどういう意味だ?」
「馬車は使わないのかなと思ってさ」
トムは首をかしげた。
「馬車って何だ?」
「何って……いやいや、馬が牽引する車だよ」
「馬?」
トムは再び首をかしげて、
「馬って何だ?」
最初は何かのギャグなのかと思った。
しかしどうやらトムは、本当に馬を知らないらしい。
「馬ってのはさ、ほら、四足歩行の大型動物で……」
「ゾウのことか?」
「いやいや。もっと小柄で……」
「ああ、わかった。牛のことだな」
「いや、もっとスマートで……」
「鹿かな?」
「もうちょっと強そうな……」
「ライオンだ!」
「いや、えーと……」
「トラか? それともピューマか? あ、ヒョウだな。ヒョウだろ!」
ああ、馬という概念を知らぬ者に馬を説明することの難しさよ!
亮は頭がおかしくなりそうだった。
しかしいずれにせよ、トムの反応を見るに、この世界には馬が存在しないようだ。
(ゾウも牛も、ヒョウだっているのに、馬だけはいないのか……)
(なんか変な感じだな)
と戸惑う亮だったが――、
(ま、まさか!?)
一つの可能性に気づいた。
(これって、おい。これって……まさかそういうことなのか!?)
亮は上ずった声で訊いた。
「なあ、トム。きみは――『ウマ娘』って知っているかい?」
「何だって?」
「『ウマ娘』だ」
「いやあ、知らんな。初耳だ」
亮は、
「ふう」
と大きく息を吐き出した。
「そうか……。それならいいんだ。すまん、勘違いだった」
(馬だけが存在しない世界って――まさかおれは「ウマ娘 プリティーダービー」の世界に転生したのか!?)
(「気づいたらウマ娘の世界のモブだった件」とか、ここはそういう二次創作的な世界だったのか!?)
と慌てたのだが、どうやら勘違いだったらしい。
(やれやれ、びっくりした)
額の汗をぬぐう亮。
一方のトムは、
「おい。『ウマ娘』って何だよ」
うろんな目を亮に向けた。
「そりゃあ何かの隠語かい?」
「……ま、そんなところだよ」
ハッピー・タウンが近づいていた。




