第6話 ルンバ × 夢を追う
口ひげは、涙を我慢できないようだった。
目頭を押さえ、
「チッ。砂ぼこりが目に入りやがった」
そっぽを向いた。
オールバックは、
「まったくな。今日は風が強いよな」
と優しく微笑んだ。
――つまり、だ。
つまり看板娘の熱烈なファンとは、この口ひげのことだったのである。
例の結婚宣言を受け、彼の心は荒んでいた。
荒みに荒んでいた。
そんな中で、ゴブリンなのか人間なのか判然としない亮と遭遇し、ついカリカリしてしまったらしいのだが、
「悪かったな、同志」
口ひげは亮のもとまでやってきて、手を引いて起こしてくれた。
(ゴブリンから「同志」にランクアップか……)
亮は心の中で苦笑する。
だが悪い気はしなかった。
というか、
「いいってことさ、同志!」
この世界にもオタクの精神が存在するとわかり、
(おれ、こっちでも何とかやっていけそうな気がする!)
亮はガッツポーズしたいくらいだった。
「改めてよろしく頼むぜ」
口ひげが言った。
「おれの名前はトムだ」
次いでオールバックを指差し、
「あっちはゴリゴリゲゴイルマン」
オールバックが手を上げた。
「よろしく。ゴリゴリゲゴイルマンだ」
亮は困惑する。
(……いやいや、名前のテイストが違いすぎるだろ)
もちろん亮が元いた世界だって、オダ・ノブナガがいればアーノルド・シュワルツェネッガーもいる、マ・ドンソクがいればトクガワ・マツリもいるという具合に百花繚乱だったわけで、トムの隣にゴリゴリゲゴイルマンがいてもおかしくはないのだが、それにしたって、
(ゴリゴリ……ゲゴイルマン?)
(そこはシンプルに「ジェリー」にしておいてよ)
とツッコまずにはいられなかった。
それに、
(どうしよう……)
次は亮が自己紹介する番だ。
彼はこの世界に相応しい名前を名乗ろうと思っていたのだが、
(「トム」と「ゴリゴリゲゴイルマン」のどちらに合わせればいいんだ!?)
悩んだ挙句、
「――トールンバです」
訳のわからぬ名を口にしてしまった。
(おれは掃除機か!?)
「よろしくな、ルンバ」
トムが手を差し出した。
亮は握手を交わす。
次いでゴリゴリゲゴイルマンも、
「よろしく、ルンバ!」
(……略すなら「ルンバ」の方を略してくれればいいのに)
とは思うもののそこは陰キャ。
「おっと、お二人さん。おれのことはトールと呼んでくれよな」
と自分で自分のニックネームを指定するなんてことはこっぱずかしくてできず、
「よろしくンバ!」
やけだった。
トムが、水筒に入った水をくれた。
気がつけば喉がカラカラだったので、とてもありがたかった。
一方、ゴリゴリゲゴイルマンは、ゴブリンの死骸の脇にしゃがみこみ、何か作業をしていた。
何をしているのだろうと覗いてみると、
「うげ!」
彼はナイフで、ゴブリンの耳を切り落としていた。
ゴリゴリゲゴイルマンは、
「『うげ』って何だよ、『うげ』って」
と笑ったが、しかし亮が本気で驚き、困惑していることに気づいたのだろう、すぐに真顔になって、
「せっかく倒したんだから小遣いにでもなればと思ったんだが……」
トムが訊いた。
「よお、ルンバ。お前さん、もしかして相当な田舎からきたのか?」
「え。いや、まあ……」
(異世界転生者であることは隠した方がいいだろう)
と亮は思った。
だってここがどんな世界なのか、まだわからないのだ。
「異世界からきたやつは即刻死刑」なんてルールがあったら大変だ。
というわけで、
「うん。おれはド田舎から上京してきたばかりなんだ」
ゴリゴリゲゴイルマンが事情を説明してくれた。
曰く、ゴブリンの左耳を冒険者ギルドに提出すると、金一封が出るのだそうだ。
討伐報酬というわけだった。
ゴリゴリゲゴイルマンは切り取った耳をまとめて小袋に入れると、
「ほいよ」
亮に投げて寄越した。
「ゴブリン程度じゃ大した金にはならんが、ま、ビールの一杯や二杯は飲めるぞ」
(え)
亮は戸惑う。
(おれが全部もらっちゃっていいの?)
「ところでルンバよ」
トムが訊いた。
「お前さんは、これからどこに行くんだい」
「えーと……」
どこと訊かれても困ってしまうのだが、
「とりあえずデカい街に行きたいんだよ」
と答えた。
「仕事がほしくてさ。あと、住む場所なんかも探すつもりだ」
「なるほど」
トムがうなずいた。
「そういうことなら、おれたちの車で送っていってやるよ」
聞けば、トムとゴリゴリゲゴイルマンは冒険者。
とある依頼を受け、現場まで移動中なのだという。
「ここから車で一時間ぐらいの場所にデカい街がある。ハッピー・タウンっていう港町だ。かなり栄えているから、仕事を見つけるにはちょうどいいと思うぜ。それに、ハハッ、遊びの方も充実している」
トムの言葉に、
(……じょ、情報量が多すぎる!)
(まず、「車」って何? 馬車のことか?)
(それから、え、「ハッピー・タウン」? 「ハッピー・タウン」って言ったの? ダサすぎるだろ……)
(あと、「遊び」って何? そのぉ、性風俗的なアレか? おれ、そういうのはちょっと苦手なんだがな……)
忙しく回転する亮の脳みそだったが、何よりも気になるのは、
(こいつらは、なんでこんなに親切なんだ?)
ということだった。
たしかにすっかり打ち解けた感はあるものの、それにしたって出会ってまだ三十分も経っていないのだ。
(この厚意は、素直に受け取っていいのだろうか)
(気づいたら性風俗店に売り飛ばされていました、死ぬまで変態たちに尽くす人生となりました、南無阿弥陀仏なんてことになる可能性だってある……のか?)
(どうしよう……)
結論が出ない亮。
ひとまず、
「いやぁ、悪いよ」
と遠慮してみた。
「だってほら、仕事の最中なんだろ?」
するとトムは、
「水くさいことを言ってんじゃねーよ!」
亮の背中をドシンと叩いた。
「どうせ通り道なんだ、遠慮するなって。それに――」
彼はウインクした。
「応援させてくれよ」
(……応援?)
亮は、トムが何を言っているのかわからない。
だがトムはうん、うんと何度もうなずき、
「いいと思うぜ、お前みたいなやつ!」
続いてゴリゴリゲゴイルマンも、
「年齢なんて関係ねーさ!」
二人は亮に、生暖かい視線を送ってきた。
亮は
(あ!)
ここに至って理解した。
(さては、こいつら!)
(おれのことを、「やっぱり夢は諦められねー! 父さん、母さん、きょうだいたちよ、おれの勝手を許してくれ!」と、いまさらながらに夢を追って上京してきたアラサーおじさんだと思っているな!?)
(……いや、まあいいんだけど)
(どう思われようといいんだけどさ)
(いいんだけどさあ!)
「わかったよ」
亮は言った。
「ありがとう。じゃあ送ってもらおうかな」
「そうこなくっちゃ!」
かくして亮はトムとゴリゴリゲゴイルマンの車で、ハッピー・タウンまで送ってもらうことになった。




