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第23話 宝箱の本当の意味 × 魔法詠唱

 なぜ、宝箱を開けてはいけないのか?


 そしてなぜ宝箱を蹴り、唾または尿をかけるのか?


 ――意味不明だ。

 まったく訳がわからない。


 だが鑑定眼の指示である。せっかくなので従ってみようということになった。


 三人でじゃんけんをして、宝箱を蹴とばすのはトリプルVの役目と決まった。


 彼は

「うーむ」


 身じろぎすると、

「……どうも気が引けるなあ。だってこれ宝箱だぜ。罪悪感を覚えるよ。食い物を腐らせちまった時と同じ気分だ」

 と、意外にもまじめなことを言い出した。


 そして躊躇しながら、

「よっ!」

 とキック。


 宝箱はズズズッ。

 十センチほど床を滑った。


 次いでヒナの番だ。

「うひひひ!」


 彼女は笑いを漏らし、

「テンションが上がるなあ! じつはボク、一度宝箱に唾を吐いてみたかったんだよね。ああ、この背徳感! たまらない!」


(なんだ、このSっ気あふれる発言は……)

 

 呆れる亮だったが、

(あ、そうか)


 すぐに気づいた。


(ヒナさんはこれまで、おじいさん、おばあさんたちとパーティを組んでいたと聞く。よくいえば愛されて育ったのだろうが、悪くいえば彼らの期待を裏切るようなことはずっと我慢してきたのだろう)


(さてはその反動だな?)


 ヒナは

「いくぞ!」

 と宣言すると、

「ペッ!」


 勢いよく唾を吐きかけた。


 直後、ヒナとトリプルVは腰を落とし、警戒態勢に入った。


 亮もそれをまねる。


 さあ、何が起きるのか?


 鬼が出るか蛇が出るか!


 ――と思ったのだが、何も起きなかった。


(いや、起きろよ!)

 亮は心の中で叫ぶ。


 だがやっぱりダメ。

 鬼も蛇も見当たらない。


(ちょっ! 鑑定眼さん!?)

 と呼びかけるが応答なし。


(……クソ!)


(これじゃあ、おれがうそをついたみたいじゃないか!)


(本当は鑑定眼の声なんて聞こえておらず、テキトーなことを言っただけ。それなのにすっかり信じてしまった二人を見て心の中で嘲笑していた。そんな最悪な野郎みたいじゃないか!)


「なあ、トールンバ」

 ヒナがゆっくりと言った。


「一つ訊かせてくれ」


「――いえ、訊かないでください」


「お前、本当は声なんて」


「だから訊かないでくださいって!」


 と、その時だった。


 音もなく。

 そう、音もなく。


 まるで元の世界の自動ドアのように。


 宝箱の背後の壁がスーッとスライドし、そこにぽっかりと穴ができた。


 穴の向こうに目をやると、はるか先まで通路が伸びているのが見えた。


「……隠し通路だ!」

 ヒナは目を丸くした。


 地図を確認するまでもない。

 これまで何十人もの冒険者がここを通ったはずだが、誰一人として気づかなかった未発見の通路に違いなかった。


「こりゃたまげた」

 トリプルVはしゃがみ込み、あたりをしげしげと観察した。


「この宝箱が鍵になっていたと考えるべきだろうな。つまり、宝箱を開けてはいけない。その上で、ある程度の衝撃と、それから水分を与えた時にのみ扉が開く。――そんな仕掛けだろう」


「そりゃ誰も気づかないわけだよ」

 ヒナは肩をすくめた。


「だいたい、宝箱が目の前にあるのにそれを開けない冒険者なんていないでしょ」


「だな。中がカスとわかっていても開けてしまうのが冒険者ってもんだ。こいつはまさに冒険者泣かせのトラップだよ」


「それにしても、おい!」

 ヒナがトリプルVの尻を軽く蹴り上げた。

「隠し通路だよ!」


「ああ」

 トリプルVはヒナの肩を小突いた。

「隠し通路だ!」


 二人は顔を見合わせて、

「うひひひひ!」

 と笑った。


「隠し通路といえば、未知のお宝に、未知のモンスター!」


 二人はいまにも歌い出しそうだった。


 どうやら冒険者魂に火がついたようだ。


 そんな二人に向かって、

「あ。いいんですよ、いいんです」

 と亮は言った。


 ヒナとトリプルVは、

「何だ? こいつは一体何を言い出したんだ?」

 という目で亮を見つめた。


 一方、亮はにこやかに微笑むと、

「だっておれたちは仲間じゃないですか!」

 と続けた。


「……何の話だい?」


「ハハハッ! いえね、この後、お二人から称賛の声が寄せられるでしょうから、あらかじめ謙遜しておこうと思いまして」


(あーあ)

 亮は心の中で苦笑する。


(われながらメチャクチャ浮かれているなー!)


 亮は完全に浮かれていた。


 だってこれまでずっと、

(おれは冒険者としてやっていけるのか?)


(鑑定眼、なあ……。みんなは期待してくれているけれど、結局あのゴブリンとの戦いの時のように何の役にも立たないのでは?)


(おれは二人の足を引っ張りまくり、お荷物になってしまうのでは?)


(かくして愛想を尽かされ、そのあとに待っているものといえば――つっ、追放だ! 追放されたらどうしよう!? そんなの嫌だ!)

 と密かに怯えていたのである。


 自分の能力がどうにか役立つらしいとわかったいま、

(よっしゃ!)


 亮は心の中でガッツポーズしていた。


「さあ、称賛してくれていいですよ」

 亮はうやうやしく一礼した。


「やれやれ」


 ヒナは苦笑すると、

「お前って案外、面倒くさいやつだったんだな。気に入ったよ」




◇◆◇◆◇




 隠し通路を発見したというだけで大手柄。


 いまここでギルドに引き返してもいいわけだが、引き返して報奨金を受け取り、三人でドンチャン騒ぎをしてもいいわけだが――、

「そうはいかんよなあ」

 ということになった。


 ヒナとトリプルVは、冒険者魂がうずいて仕方ないらしい。


 石橋を叩いて渡るタイプの亮も、いまはすっかり調子に乗っているもので、

「進みましょう進みましょう!」

 と諸手を上げて賛成した。


「何かあったらおれの鑑定眼が火を噴きますからね。まあ任せてくださいよ!」


 というわけで、三人は隠し通路に足を踏み入れた。




◇◆◇◆◇




 隠し通路の中は、蒸し暑かった。


 それまでのひんやりとした空気とは打って変わって、ねちょねちょの高温多湿。


 空気がムワッとしていて、体にまとわりつく。

 一歩歩くごとに汗がにじむ。


 ヒナは額の汗をぬぐい、

「うげぇ」

 とあえいだ。


「おい、トールンバァ」


「何ですか」


「お前の力でどうにかしてくれよー!」


「……えーとですね。もしかするとヒナさんはご存じないのかもしれませんが――おれの鑑定眼はエアコンではないんですよ?」


「チッ!」

 ヒナは舌打ちした。


「『おれの力は万能だ! 神をすら殺せる』とか言っていたくせに!」


「……ひどい捏造だ」




◇◆◇◆◇




 しばらく進むと、

「ちょい待ち!」

 先頭を行くトリプルVが短く叫んだ。


 彼は膝を折り、床に耳を当てた。


 そして、

「……何かいるな」

 と言った。


「モンスターですか!?」


「ああ。この先に土俵があって、ちょうどいま大相撲地下場所が開かれているのでもない限りはモンスターだろうな。――体重数百キロクラスのやつが複数いる」


 トリプルVは目をつむると、

「小ぶりなやつも五、いや、もっとか。もっといるな」


 三人は足音を殺し、慎重に前進した。


 生活音――話し声や笑い声、咀嚼音、布のこすれる音などが聞こえてきた。


 ほどなくして、大きな広場が見えた。


 三人は壁に身を寄せ、そっと中をうかがう。


 そこにいたのは――、

「ゴブリンが八、オーガが二」

 トリプルVがささやいた。


 モンスターたちは車座になって話したり、カードゲームに興じたりしていた。


 メシを食っている者もいる。


 モンスターのことなぞこれっぽっちも知らない亮だが、彼らがリラックス・ムードなことはよくわかった。


「よーし」

 ヒナが言った。


「ここはボクが行くよ」


 彼女は早速、屈伸運動を始めた。


「さっきから蒸し暑くてむしゃくしゃしていたんだよ。八つ当たりしてくる」


「おい!」


 トリプルVが、

「ずるいぞ。おれだって!」

 と抗議するが、

「爺さん、レディ・ファーストって言葉を知らないのかい?」


 トリプルVは亮に訊いた。

「レディ・ファーストってこういうシーンで使う言葉だったか?」


「どうでしょうね。おれの故郷ではちょっと違った気がしますが」


「おれの故郷でもそうだ」


「いちいち細かい男どもだな」

 ヒナは吐き捨てるようにそう言った。


 結局、ヒナが単騎で突撃することになった。


 彼女は半眼になって、ブツブツと何かを唱え始めた。


 亮が耳を澄ますと、

「うんぎゃーぴーぴー、ぽやんぐーんで、ぷーぷぴー」


 言葉にならぬ言葉が聞こえてきた。


(……は?)

 まごつく亮。


(ぴーぴー?)

(下痢か?)


 一方、トリプルVは、

「ほお」


「いい仕事してますね」

 という感じでうなずき、

「さすがはヒナくんだ。素晴らしい詠唱だ」

 と言った。


(ああ、魔法の詠唱だったのか)


(――え、詠唱!?)

(あのぴーぴーが!?)


(詠唱ってもっと格好いいものじゃなかったっけ? ほら、例えばめぐみんだったら)


「魔力があふれ出している……」

 とトリプルVが言った。


「若いの、見えるか?」


 言われてみれば、なるほど。

 ヒナの周りの空間がまるで蜃気楼のように揺らめいていた。

 あれが魔力というものなのだろう。


「では爺さん、トールンバ、行ってくるよ」


 ヒナがパッと駆け出した。

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