第22話 宝箱 × 最適解収束率
ダンジョンの一本道を進む三人。
当初はガチガチに緊張していた亮だが、
(……ふーむ)
次第に平常心を取り戻していった。
だって、何も起こらないのだ。
モンスターが姿を現すことはなく、かといってミイラ化した遺体が転がっているなんてこともない。
(なんか、地下鉄駅の人気のない通路を歩いているみたいだな)
(JR池袋駅の丸の内線への接続通路とか……)
先頭のトリプルVは時折しゃがみこみ、床を観察。
足跡の有無などを確認するが、
「よし」
と一言。
特に異変はないらしい。
で、また進む。
その繰り返しだった。
◇◆◇◆◇
しばらくして、
「爺さん」
ヒナが、ギルドから提供された地図を見ながら言った。
「そろそろ宝箱があるはずだよ」
その言葉の通り、一抱えはありそうな宝箱が壁際に設置されていた。
(おお!)
(RPGでお馴染みの宝箱だ!)
(フリーレンが食われかけたあの宝箱!)
(……ん? あれは宝箱に擬態したミミックだっけ?)
心弾む亮。
一方、ヒナとトリプルVは、
「じゃあ開けるよ」
「あいよ」
事務的な口調だった。
――まあ、無理もない。
今回三人がやってきたのは、すでに探索し尽くされたダンジョンなのだ。
過去何十人もの冒険者が訪れ、この宝箱を開けてきた。
しかし出てくるものはカス、カス、カス!
毎度カスだったと報告されている。
どうせ今回もカスに違いない。
そりゃ事務的にもなろうというものだ。
ヒナがフタを開けるべく、宝箱に向かって腕を伸ばした。
宝箱まであと五十センチ。
あと四十センチ。
あと三十センチ。
ヒナの手が近づく。
――奇妙な声が聞こえたのは、その時だった。
【推奨:宝箱の開封を中止してください。最適解収束率0.724】
(ん!?)
亮は慌ててあたりを見回した。
しかし、ヒナとトリプルV以外の姿は見当たらない。
ふいに挙動不審になった亮に対して、
「どうした、トールンバ」
ヒナが手を停めた。
「あの、いまの声は……」
「声?」
「声が聞こえましたよね?」
「いや」
ヒナは困惑顔になる。
トリプルVも首を横に振った。
(え? おれだけ?)
(おれだけがいまの声を聞いたの!?)
(……ん。待てよ)
改めて考えれば、さっきの声は「聞こえた」という感じではなかった。
「頭の中に響いた」という感じだった。
亮は思わずつぶやく。
「おれの頭の中で声がした?」
すると、
「わかるよ、若いの」
トリプルVがうなずいた。
「おれも頭の中で声が聞こえることがある」
「え!?」
「例えばそうだな、夜、布団に入るだろ」
「……え?」
「さあ眠ろうと目を閉じる。途端に頭の中で声が響くんだ。『もう一度便所に行った方がいいんじゃないか』って」
「……」
「おれは当然言い返す。『さっき行ったばかりだ』とな。しかし声も負けてはいない。ささやくんだよ。『前立腺肥大……』って。だからおれは」
「いやいや!」
亮は叫んだ
「そうじゃなくて!」
「ねえ、その声ってさあ」
ヒナは目を細めた。
「――鑑定眼のものなんじゃないかな?」
「なんと!」
トリプルVが息を飲んだ。
「あの声が!?」
「あ、いや。爺さんの方じゃなくて」
(そ、そうか!)
亮はハッとする。
(鑑定眼の声か!)
(ついに鑑定眼が動き出したのか!)
「なあ、トールンバ」
とヒナが言った。
「ボクたちにも教えてくれ。声は何と言っていたんだい?」
「えっとですね、えーと」
亮は記憶をたどった。
ところが、
(……しまった! 何と言っていたか覚えていない!)
(おれのバカ!)
再び声が聞こえた。
【推奨:宝箱の開封を中止してください。最適解収束率0.724】
(ほお)
と亮は思う。
(なかなか親切なやつじゃないか)
(こいつとは仲よくやっていけそうだ)
「えーとですね」
亮は言った。
「『推奨:宝箱の開封を中止してください。最適解』、あー、『最適解』……」
亮が言いよどむと、再び声が聞こえた。
【最適解収束率0.724】
(マジでいいやつだな!)
「『最適解収束率0.724』と聞こえました」
ヒナは、
「ほお」
腕組みした。
そして、
「『宝箱』ってのはこいつのことだろ?」
つま先で宝箱を示し、
「開けるな、か……」
「なあ」
トリプルVの目がギラリと光った。
「――開けてみようぜ」
「あん?」
「開けてみようぜって」
「……おい、爺」
しかしトリプルVは、
「ここは敢えて開けてみようぜ!」
と声を弾ませた。
ヒナは心底呆れたという感じで、
「やめろ! いきなりカリギュラ効果を爆発させるな!」
(ははあ)
ヒナの言葉に亮は感心する。
(この世界にもカリギュラ効果という概念があったのか)
(じゃあもしかして、吊り橋効果とかもあるのかな?)
◇◆◇◆◇
亮の頭に響く声は、鑑定眼のものとみて間違いないだろう。
三人の見解は一致した。
「しかしそれにしても」
トリプルVはあごに手を当てた。
「妙な具合だな」
「妙?」
「だってそうだろ。鑑定眼という名前のくせに、何かが見えるんじゃなくて、声が聞こえてくるんだからな」
「ああ、たしかに」
「これじゃあ鑑定眼というより、『鑑定声』じゃないか?」
トリプルVは首をひねった。
「または、『ボー鑑定』とか」
「『ボー』って何ですか?」
「ボーカルのボーだよ。『ボーカル鑑定』、略して『ボー鑑定』」
(なるほど。「ボーカロイド」のノリか)
納得する亮。
一方、何事か考え込んでいたヒナは、
「うるさいぞ、爺! 考えがまとまらないだろ!」
トリプルVの尻を軽く蹴り上げた。
「やれやれ」
トリプルVは尻を撫でながら、
「神のネーミングが粗雑なせいで、おれが蹴られちまったよ」
とぼやいた。
ヒナが言った。
「なあ、トールンバ」
「ええ」
「もっと他に何か聞こえないのかい? 例えば宝箱を開けてはいけない理由とか、『最適解収束率』というのがどういう意味なのかとか」
亮は小さくうなずき、それから、
(鑑定眼さん――)
心の中で語りかけてみた。
(どうかもっと言葉をお聞かせください)
すると、おお、願いが通じたのかわからないが、
【推奨:宝箱を開封せず、蹴とばしてください】
という声が聞こえた。
「蹴とばすそうです!」
「……何?」
「宝箱を蹴とばすそうです!」
さらに続きが聞こえた。
【推奨:蹴とばした後、唾をかけるか、または尿をかけてください】
「蹴とばしたら、今度は唾か尿をかけるそうです!」
一瞬の沈黙。
そして、
「トールンバ……」
ヒナはまじまじと亮の顔を見つめて、
「お前、マジで聞こえているんだよな? まさかこの爺の影響で」
「違いますよ! 悪ノリしているんじゃなくて、本当にそう聞こえるんですよ!」
「そうか、ならいいんだ。疑って悪かったな」
「いえいえ、とんでもない」
そんな二人に、
「おい」
トリプルVが抗議した。
「おれが悪ノリするのはもはや大前提、共通理解ですよね、みたいな調子で話を進めるのはよせ!」




