第18話 後悔 × Vの音
亮のパーティに、三人目のメンバーが加わった。
白髪爺ことVである。
Vはよほど嬉しかったようで、
「ワハハ! この年で新しいパーティとはなあ」
はしゃいでいた。
「長生きはするものだ!」
一方のヒナは、
「ハァ」
大きく嘆息し、こめかみに手を当てた。
「ボク、きっと後悔するぞ……」
そして、
「ちょっとトイレに行ってくるよ」
と立ち上がった。
すると、
「おっ。それならおれも行こう!」
続けてVも立ち上がった。
「いや、くるなよ!」
ヒナが叫ぶ。
「キモいなあ!」
「キモいってことはないだろ」
Vはウインクして、
「パーティ・メンバーは連れションで信頼を育むものだぜ」
「キモすぎる……」
「どうも誤解があるようだ。おれは女便所についていくと言っているんじゃないぞ」
「当たり前だよ!」
「つまりだな、おれは男便所で、お前さんは女便所で、それぞれ用を足すわけだ。しかし心は常に一つで――」
「キモい解説をどうも!」
騒がしい二人が出ていくと、診察室は急に静かになった。
「フフッ」
受付嬢が小さく笑った。
「なかなかいいコンビかもしれませんね、あのお二人」
「まあ、そうですね……」
と亮。
「トールンバさん」
「ええ」
「あのお二人のこと、これからよろしくお願いします。リードしてあげてください」
受付嬢が頭を下げた。
亮は、
(……よろしくしてほしいのはおれの方なんだがなあ)
(この世界のことはまだ全然知らないし)
(そもそも誰かをリードするなんて柄じゃないし)
――そう思ったのだが、ヒナ、V、そして亮の三人だ。
誰がパーティをリードするかといえば、
(おれしかいないかも……)
という気がしてきた。
「じつは」
と受付嬢が言った。
「――ヒナさんは、三か月ぐらい前まで、とあるパーティのメンバーだったんですよ」
彼女は、ヒナたちが出ていったドアをジッと見つめたまま、言葉を続けた。
「ほら、ヒナさんはああいう性格でしょう? シニア層にモテるんですよ」
(わかる気がする)
と亮は思った。
「だから前のパーティは、ヒナさん以外は大ベテランばかりだったんですよ」
「へえ」
「Vさんと同じぐらいかな、ちょっと若いぐらいかな、そういう人たちが、まるで孫娘をかわいがるようにヒナさんをサポートして。ヒナさんもみなさんを慕っていて」
意外な話だった。
だって、
(ヒナさんは老人を嫌っているのではなかったのか?)
「ただね、三か月前、クエスト中に事故が起きたんです」
受付嬢の表情が硬くなる。
「そしてヒナさん以外の全員がお亡くなりになりました。というか――ベテラン冒険者のみなさんが力を合わせて、ヒナさんを守ったみたいなんですよね。この子だけは死なせない、って」
「……つまり」
と亮は言った。
「ヒナさんは老人を嫌っているというよりも、そのぉ」
「ええ」
受付嬢はそこで初めて亮の顔を見て、
「そうですね、そうだと思います」
ニコッと微笑んだ。
検査士が肩をすくめた。
「体のケガはすぐに治るけれど、心の傷ってのはなかなかねえ」
「トールンバさん」
受付嬢は再び亮の名を呼んだ。
「ヒナさんをよろしくお願いします」
亮は思う。
(こういう時に「おれに任せてください」と堂々と答えられる男になりたかった)
と。
(だが実際のおれは)
「――やってみます」
そう答えるのが精一杯だった。
◇◆◇◆◇
数分後、ヒナとVが診察室に戻ってきた。
「だからさ! ボクがトイレから出るのを待つのはやめろって! キモさの限界突破だぞ!」
「おいおい。おれたちは連れション仲間だ。待つだろ、そりゃ」
「連れションじゃないっての!」
(まだその話題かよ……)
亮は呆れる。
「あのな、ヒナくん。そもそも連れションというのはだな」
と自説を垂れようとしたVだったが、
「おっと」
そこでふと思い出したらしい。
亮に向かって、
「すまんすまん。若いの、挨拶が遅れたな」
と言った。
(その流れでおれの存在を思い出すのかよ……)
Vは腕を伸ばし、
「今日からよろしく頼むよ」
「こちらこそ」
と手を出しかけた亮だが、
(……ちゃんと手は洗っただろうな)
一瞬躊躇。
だがすぐに、
(いかんいかん。仲間を疑うなんて最低だぞ)
「よろしくお願いします」
笑顔で握手に応じた。
「まだ名前も名乗っていなかったよな」
とVが言った。
「おれの名前は――ヴァイス・ヴォルト・ヴォクシー。『トリプルV』と呼んでくれ」
(「V」って頭文字だったのか……)
(それにしても、何とまあクセの強い名前だろうか)
(まあ、覚えやすくて助かるけれどさ)
亮は、
「わかりました。お世話になります、トリプルVさん」
と微笑んだ。
ところが、
「いやいや、違う。そうじゃない」
Vはかぶりを振った。
直後、
(あ)
亮はピンときた。
(これは――ラノベやアニメでお馴染みの「呼び捨てでいい。『さん』は要らんよ」というあの親密度アップのイベントじゃないか!?)
そう思ったのだが、
「いいかい?」
Vは自分の口を指差すと、
「上の前歯を下唇に軽く当てるんだ。そして破裂。――ヴィー! ビーではないぞ。ヴィー!」
発音講座だった。
「……ビ、ビー」
「違うな」
「……ボー」
「棒ではない」
「ピー」
「プロデューサーでもなくて」
「ヴィー!」
次の瞬間だった。
トリプルVが、亮をガバッと抱き寄せた。
そして、
「Very Goodだ!」
クセの強い発音でそう言った。
(……これがおれのパーティ・メンバーか)
亮は何かを間違えたような気がしないでもなかった。
◇◆◇◆◇
「挨拶もいいけどさ」
とヒナが言った。
「とりあえず何でもいいから、クエストを一つ受けてみようよ」
「ワハハ!」
トリプルVが笑った。
そして、
「若いやつはせっかちだなあ。よお、早漏め」
とからかった。
ヒナはうんざりした顔になって、
「……ボクは女だ」
「ああ、もちろんわかっているさ。いまのは比喩表現だ」
「こっちだってわかっているよ、そりゃ比喩表現だろうさ! ボクが言っているのはデリカシーがなさすぎるってこと!」
「ワハハ!」
トリプルVがまた爆笑した。
ヒナは何か言おうとしたが、
「……」
結局口をつぐんだ。
さすがにアホらしくなったのだろう。
そして改めて口を開くと、
「ボクたちは冒険者だ」
と言った。
「百万の言葉を交わすより、一つクエストをこなす方がいい。その方が互いのことがよくわかるものさ」
(なるほど)
と亮は納得する。
(オタクと同じだな)
(言葉を尽くして語り合うのもいいが、本当に相手を知りたいと思ったら、その人がアニメを見ている時の顔を観察するといい。例えば、どこでニヤついたか。どこでモゾモゾしたか。どこで瞳孔が開いたか。それでだいたいのことがわかるものだ)




