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第17話 性癖の自由 × 三人目の仲間

「この若いのとパーティを組んで、おれとは組まないと言うのかい? ヒナくん、お前さんはそう言うのかい!?」


 白髪爺が粘る。

 まだ諦めない。


 彼はヒナに詰め寄った。


 だが、ヒナだって負けてはいない。

 詰め寄られたら詰め返すタイプだ。


「そうだよ! さっきからそう言っているんだよ!」

 と声を張った。


 かくして、

「ええい、わかったよ!」


 白髪爺は自身の太ももをパーンと叩き、

「おれも大人だ。妥協する。ヒナくんと二人で組みたかったが――仕方ない。彼もパーティの一員として認めよう」


 その言葉に、

「ちょっと!」

 亮は口を尖らせた。


「なんでおれが、お情けで加入させてもらうみたいな話になっているんですか!」


「ワハハ!」

 ヒナが笑った。


 ――このままでは埒が明かない。


 というわけで受付嬢が、

「ヒナさん」

 と声をかけた。


「最後にもう一度だけ、V(ヴィー)さんの話をちゃんと聞いてあげましょうよ。ね」


(へえ、この爺さんは「V」という名前だったのか)

(なんかえらい格好いいな……)


「Vさんもですよ。あんまり無茶を言って若い人を困らせちゃダメですよ」


 受付嬢の言葉に、二人はうなずいた。

 Vの方は渋々という感じだったが、とにかくうなずいた。


 亮たちが見守る中、改めて向き合った二人。


 みんながVの言葉を待つ。


 ところが、

「……」


 これまてずっと威勢のよかった彼だが、改まった雰囲気には弱いらしく、

「……ハハハッ」


 頭を掻いた。


「いかんな。どうも緊張してきた。まるでアレだ――愛の告白みたいじゃないか。つまりほれ、おれが愛を伝える。ヒナくんが受け入れる。年の差カップルの誕生だ。おれはそっとヒナくんの頬に手を当て」


 Vはそこで口をつぐんだ。


 そして、

「すまん。いまのはキモかった。われながらキモかった。聞かなかったことにしてくれ」


 頭を下げた。


 受付嬢は、

「そうですね」

 とうなずいた。


「ほとんどセクハラ寸前でしたが、ご自分で気づかれたことを評価して聞かなかったことにしましょう。ヒナさんもそれでいいですか?」


「ああ、ボクは受付嬢さんにしたがうよ」


「ではいま一度」


 Vは大きく深呼吸。

 ゆっくりと言葉を紡いだ。


 曰く、

「ヒナくん、お前さんは若い頃のおれによく似ている。そう、よく似ているんだ――」


 直後、

「聞いたかい?」


 ヒナが、亮にうなずきかけた。


「老人あるあるだ。年を取ると、自分とイキのいい若者を同一視するようになる。そして若者を導こうとする。老人の悪癖だよ」


「わかったわかった、わかったよ!」

 Vは顔の前で両手を振った。


「本音を言うよ。――ヒナくん、お前さんは若い頃のおれの足元にも及ばない」


「なめてんのか、爺!」


「しかし才能はある」


「……」


「ビシビシと感じるよ。お前さんはこれから伸びるだろうさ」


「……チッ。わかりゃいいんだよ」


 Vは、

「すまん。紙とペンを貸してくれ」

 と検査士に言った。


 検査士が差し出したものを受け取ると、ササッとペンを走らせた。


「見てくれ」


 紙には二本の直線が「×」の形で描かれていた。


「ヒナくん、お前さんはこれからもっと強くなる。右肩上がりだ。一方、おれは下っていくだけ。――しかしここ、この交点!」


 Vは線と線が重なる一点を示し、グリグリッとペンで円を描いた。


「二つの線が重なるいまこの瞬間だけでいいんだ。どうかおれとパーティを組んでくれ!」


 亮は、

(ん?)

 ちょっと困惑する。


(もしかして、いまの説明のためだけに図を書いたの?)


(それ、図は必要だった?)


(資源の無駄づかいでは?)


 ヒナも同様の感想らしく、

「わざわざ図にしてくれてありがとう。心づかいに感謝するよ」

 とバカ丁寧に頭を下げた。


 それから、

「爺さんの気持ちはよく伝わってきたよ」


「そ、それじゃあ!」


「でもやっぱりお断りする」


「なぜ!?」


 Vは頭を抱えた。


「おれが爺だからか? おれが爺だからダメなのか!? でも仕方ないだろ。人間は誰しも年を取るもんだ! 加齢は罪なのか? そうじゃないだろ!」


 言葉の勢いに押されて、

「そ、そりゃそうだけど……」

 口ごもるヒナ。


 しかしすぐに、

「か、官能小説!」

 と言った。


「そうだよ、官能小説! 人前で臆面もなく官能小説を読む変態爺とパーティを組みたいやつがいると思うのかよ!」


(うーむ、正論)

 と亮は思う。


 例えば、日本国オタク憲法をひもといてみよ。


 第十三条にはこうある。


 ――すべてのオタクは、個人として尊重される。


 ――性癖の自由及び幸福追求に対するオタクの権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする。


 そう、性癖は自由だ。

 ただし、公共の福祉に反しない限りは。


(どぎつい表紙をむき出しにして、ギルドで官能小説を読むというのは、ちょっと擁護しづらい行為だよなあ……)

 と亮は思う。


 すると、

「フッ」


 Vである。


 彼は口の端を持ち上げ、ニヒルに笑っていた。


「官能小説、か」


 誰ともなしに語り出した。


「――先週、昔の仲間の葬式があったと言っただろ? 葬式の後にやつの家に寄ったんだが、まあ驚いたよ。家じゅうが本の山だったんだ。しかもその全部が」


 と、Vはそこで言葉を停めると、

「そういや、ヒナくんはいくつだっけ?」

 と訊いた。


 ヒナはジトッとした目つきになり、

「……青少年の健全な発育への配慮をどうも!」

 と言った。


「でもボクは十七だ。もう成人だ。だから変に気を回さないでくれ」


「それはよかった」

 Vは大きくうなずいた。


 そして、

「つまり」

 と続けた。


「やつは官能小説のマニアだったんだ。おれは驚いたよ。そんな話は聞いたことがなかったからな。いやあ、やつとは十年も――十年だぞ!――十年も一緒にパーティを組んでいたのに、おれ、何も知らなかったんだなと思ってね」


 Vは小さく笑った。


「それでまあ、おれも読んでみようかなと思ったわけよ。やつがどうして官能小説にハマっていたのか気になってな……」


 Vは再び笑った。


「フフッ。われながら感傷的だよな。やれやれ、年は取りたくないもんだ」


「――それで」

 と亮が訊いた。


「わかったんですか? お仲間が官能小説にハマっていた理由は」


「いや、さっぱりだ」

 Vは首を横に振った。


「さっぱりわからん」


「そうですか」


「だがこれからもチョコチョコ読んでみようと思っているよ。いつかわかる日がくるかもしれないからな」


「で、でもさ」

 とヒナが言った。


「何もギルドで読まなくたっていいんじゃないか? 家で読めばいいじゃない。官能小説ってそういうものだろ?」


「まあな」

 Vは目を伏せた。


「そりゃそうだよな。ただ――おれはやつと、もう一度冒険に行きたかったんだよ。パーティを組みたかったんだよ。だからついギルドで読みたくなっちまって」


 そして、

「ワハハ!」

 Vはわざとらしく大きく笑った。


「すまん。いまのはキモかった。われながらキモかった。聞かなかったことにしてくれ。今度からはブック・カバーをつけるよ。だから勘弁してくれ!」


 みんなが口を閉ざした。


 静寂。


 診察室の中は閉めっぽい空気で満たされていた。


 そんな中、最初に口を開いたのはヒナだった。


 彼女は言った。

「……キモくなんかねーよ」

 と。


 続けて亮に向かって、

「なあ、トールンバ。ボクたちのパーティのことなんだけれどさ、そのぉ、どうかな。もう一人ぐらいメンバーを増やしてもいいんじゃないかな。ほら、二人だと喧嘩した時に仲裁してくれる人もいないしさ。だから――」


 亮は先回りして、

「おれは賛成ですよ」

 と答えた。


 そもそも亮は、最初からVをパーティに入れたいと思っていたのだ。


 なぜかって?


 だって若い女性と二人きりだなんて緊張するじゃないか!

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