第13話 知らない天 × 音楽
ふいに目が覚めた。
亮はベッドに横になっていた。
視線の先にあるのは、
(知らない天――)
と、そこで踏みとどまった。
(危なかった……)
(剣呑剣呑。起きて二秒でネットミームを口走るところだったぞ)
そう、亮は決めたのだ。
元の世界では、令和時代のオタクらしくネットミーム漬けだった彼だが、そしてそのせいで、
「え? 『なんだァ? てめェ……』って何?」
と時に周りの人を困惑させたりしてきた彼だったが、
(この世界ではネットミーム離れするぞ!)
(ネットが存在しない世界で、一人でネットミーム・カルタをするような狂人にはならないぞ!)
と決意したのだった。
ああ、立派な心構えである。
それがどのようなものであれ、目標を掲げ、そこに向かって努力するのは素晴らしいことだ。
しかし人間はそう簡単には変われないものであり、
(危なかった……)
胸を撫で下ろした亮は、
(よーし!)
上半身を起こし、
「今日も一日がんばるぞい!」
(しまった!)
かくして慌てて言い直した。
すなわち、
「今日も一日がんばルビィ!」
(なお悪い!)
亮は頭を抱えた。
◇◆◇◆◇
床に降りると、木製のベッドがギギッときしんだ。
ギルドが紹介してくれた宿の部屋は狭く、
(たぶんこれ三畳ぐらいしかないだろ)
という代物だった。
ベッド以外には極小の窓が一つあるだけで、あとはもう何もない。
だがその分、部屋代は安い。
加えてそこそこ清潔だ。
(これで文句を言ったらバチが当たるぞ)
と亮は思う。
とはいえ、
(部屋にトイレがないのはやはりきついな)
(歯みがきをしたいが、そうか、洗面所もないのか)
(風呂なんてあるわけもなく……)
亮は仕方なく昨日と同じ服、つまり、ゴブリンの血や土で汚れたスーツに袖を通し、その上に、トムとゴリゴリゲゴイルマンからもらったコートを羽織った。
(……おれ、臭くないよな?)
鼻をひくつかせた。
特ににおいはしない。
しかし自信は持てなかった。
(自分のにおいって、自分じゃ気づきづらいものだからなあ……)
亮は、
(自分のにおいに気づけないって、これ人体のバグだろ)
と思う。
◇◆◇◆◇
部屋を出て、狭い廊下を進み、共同トイレに寄って膀胱を軽くする。
それから階段を下った。
宿の主がフロントにいた。
昨日チェックインした時と同じく、彼は頭にタオルを巻いていた。
それに不愛想な顔に、黒いシャツ。
まるでラーメン屋のオヤジだ。
主はぶっきらぼうに、
「おや、お客さん。起きたのかい」
と言った。
チラリと壁の時計に目をやると、
(……ん!?)
もう十四時を回っていた。
昨日は白髪爺とともに肉の串焼きを食いまくり、それからこの宿にやってきた。
部屋に入るなり眠ってしまったので――あらら。
二十時間近く眠っていたらしい。
(寝すぎだろ)
という気もしたが、おかげで頭はすっきりしていた。
「なかなか起きてこないから心配したよ」
と主は言った。
「もうちょっとで冒険者ギルドに仕事を依頼するところだった」
亮は意味がわからない。
(ギルドに依頼って、何を依頼するんだろう?)
主は言った。
「ほれ、お客さんが部屋で不審死したら宿の評判に関わるだろ? だからギルドに依頼して、死体を街の外にこっそり捨ててくるんだよ」
「……」
「丸一日もあればモンスターが平らげてくれる。死体は消える。簡単なもんさ」
「……」
「お客さんの持ち物を売り払い、それをギルドへの払いにあてるんだ。だからおれの腹は痛まないしな」
「……な、なるほど」
どう返せばいいかわからず亮が口ごもっていると、
「まあ、冗談はいいとして」
と主が言った。
「何か食うかい?」
――全部冗談だったらしい。
亮は呆れて、
(わかりづらいんだよ!)
と心の中で抗議した。
(その仏頂面で、わかりづらい冗談を言うな!)
(もっとわかりやすい冗談を言うか、またはせめて仏頂面をやめてくれ!)
◇◆◇◆◇
「食堂で待っていてくれ」
と言って、主はフロントの奥に引っ込んだ。
どうやらそこに厨房があるらしい。
亮は、フロントの脇にある小さな食堂に向かった。
そして食堂に入ってすぐに、
(――あ!)
気づいた。
音楽が流れていた。
ボーカル付きの曲だった。
亮は音楽には詳しくないが、この耳馴染みのよさはポップスということになるのだろうか。
見回すと、壁際に黒っぽい箱が置いてあり、そこから音が出ているようだった。
その箱には見覚えがあった。
トムとゴリゴリゲゴイルマンのトカゲ車の荷台にも、同じものが積んであったのだ。
(さてはあれは、カー・オーディオだったのか?)
すぐに主がやってきた。
右手にはオムレツ、サラダ、ベーコンが乗った皿を、左手にはパンがつまったバスケットを持っていた。
「あのぉ、この音楽のことなんですが……」
「ああ、ラジオかい」
(ラジオ! この世界にはラジオがあったのか!)
「うるさいかい? 消そうか?」
「いえ、このままで大丈夫です」
主は一度厨房に戻り、今度は水とコーヒーを運んできた。
そして、
「じゃあおれはフロントにいるから、何かあったら呼んでくれ」
食堂を出ていった。
亮は椅子にかけ、料理に向き合った。
まずは水で喉をしめらせ、それからオムレツを食う。
サラダをつつく。
ベーコンをかじる。
パンもかじる。
――旨かった。
シンプルなメニューにシンプルな味つけ。
(シンプルは正義だ)
と思った。
亮は舌鼓を打ちながら、ラジオに耳を傾けた。
流れてくる音楽の多くがラブ・ソングで、
「会いたい」
「でも会えない」
「寂しい」
「寂しくない」
といった切ない恋心を歌っており、
(どこの世界も同じなんだなあ)
と感心する亮だったが、それでも時折、
「爆裂魔法できみのハートに火をつける」
とか、
「懐かしいあのダンジョンでまた会おう」
とか、
「トカゲ車で海を見に行こう/トカゲも笑っているよ」
とかそんな歌詞があり、
(やっぱりここは異世界なんだなあ)
と感慨にふけったりもした。
五、六曲ほど聞いたが、最後まで亮好みの歌は見つからなかった。
しかし、この世界にも音楽を楽しむ文化があるとわかっただけで十分だった。
亮の心は期待に膨らんでいた。
(探せばあるかもしれないぞ)
(この世界の「鳥の詩」が!)
(この世界の「撲殺天使ドクロちゃん」が!)
(この世界の「もってけ!セーラーふく」が!)
(――「もってけ!修道服」なんて曲があったりして)
興味は尽きない。




