第12話 ドカ食い × 洞察力
夕暮れが近づいていた。
亮はひどく疲れていた。
振り返れば、いつも通りに会社で仕事をして、その帰路にトラックに轢かれ、天使とお茶を飲みながら「恋するフォーチュンクッキー」の話で盛り上がり、そして転生、直後ゴブリンに襲われ、その後もあれやこれやがあって、例の「おほー!」を経て、いまに至る。
そりゃ疲れるわけである。
(一刻も早くギルドで教えてもらった宿に行き、ベッドに潜り込むべきだ)
と思った。
それが正しいことはわかっていた。
だが、そうする気にはなれなかった。
中学生の頃から、
(おれのバカ!)
(なんだってノリコちゃんの前であんなことを口走ってしまったんだ!?
「フッ。地獄の沙汰も金次第というやつだね」
って一体何なんだよ! ノリコちゃん、ポカンとしていたぞ!)
などと、眠れぬ夜をすごしてきた彼にはわかっていた。
つまり、
(いまベッドに入って目をつむったら――先ほどまでの
「おほー!」
が脳裏に浮かんでくるに違いない。そして恥ずかしさのあまり、おれは延々と身悶えし、眠れぬ夜をすごすことになるだろう)
異世界の初夜をそんな風にすごすのは嫌だった。
だから亮は、
(記憶を上書きしたい)
と思った。
フラフラと街を歩いていると、ちょっとした広場に出た。
ずらりと屋台が並んでいた。
夜市に違いない。
まだ人通りは少なく、準備中の屋台も目立つが、それでもプーンと得も言われぬいい香りが漂っていた。
(これだ)
と亮は思った。
(おれにいま必要なのはドカ食いだ!)
とたんに腹が鳴った。
(そういえば最後にメシを食ったのは……あれ。いつだっけ?)
じつはその日は仕事が立て込んでおり、まともに食事をする余裕がなかった。
夕方頃にパソコンで書類を作りながらかじった菓子パン、それが最後に口にしたものだった。
(おれの最後の晩餐は、あの菓子パンかい……)
亮は何とも言えない気持ちになる。
といっても、ラス飯がコンビニの菓子パンだったことを悔いているのではない。
(だっておれ、菓子パンは好きだし)
(それに本家本元の最後の晩餐でも、イエスらはパンをかじっていたはずだ)
(そういう意味では、菓子パンがラス飯というのはわりとアリだと思う)
思い残すことがあるとすれば、「十円引き」というシールに惹かれて、「背徳のダブル・アップル・デニッシュパン」なんてあからさまな売れ残り商品に手を出してしまったことだ。
(クソ、なんかすごい微妙な味だったんだぞ!)
亮は、広場をグルッと一周してみた。
焼きそばっぽいものもあれば、ケバブっぽいものもあり、あるいは何とも名状しがたいグロテスクな料理もあって、
(ほお……)
興味をそそられた。
とはいえ、いま亮が食いたいもの。
それは――。
と、その時だった。
「よお、にいさん。奇遇だな」
ギルドで官能小説を読んでいたあのエロ爺だった。
爺は、ビールのようなものが入ったコップを手にしていた。
「何か食っていくのかい?」
「ええ。ちょっとつまんでいこうかなと思いまして」
「ふーん」
爺はニヤッと笑い、
「当ててみようか?」
と言った。
「当てるって……何をです?」
「にいさんがいま食べたいと思っているものを当ててみせよう。――ずばり、肉の串焼きだろ」
亮は目を丸くする。
「さらに言うなら」
爺はパチンと指を鳴らした。
「牛串だな」
亮はいよいよ仰天だ。
茫乎として立ちすくむ。
何しろまさに爺の言った通り、
(牛串にかぶりついてやろう)
と考えていたところなのだ。
(なぜわかったんだ!?)
爺は、
「クククッ」
と口の端で笑った。
そして、
「種明かししよう」
と言った。
「にいさんはさっき、魔力検査を受けていただろ」
「ええ」
「あの検査を受けると、まあ誰だって尊厳を破壊されるわなあ」
「……そうですね。たしかに」
「では、尊厳を破壊された者は何をするか? おれの経験じゃ、七割ぐらいのやつは肉にかぶりつく。しかもデカい動物の肉を食いたがる。なぜそんなことをするか、にいさん、わかるかい?」
亮は無言で首を振った。
「おれが思うにさ、自分が食物連鎖の頂点にいることを確認して、尊厳を回復しようとしているんじゃねーかな。無意識のうちにさ」
(――ムムッ)
と亮は思った。
「お前は牛肉を食らうことで尊厳を回復しようとしているんだ」
というのはなかなか激烈な言葉であって、
(なんかすごい失礼なことを言われていないか!?)
という気がしないでもなかったが、しかし、
(言われてみればその通りかもしれない)
腑に落ちた。
(この洞察力、ただのエロ爺には思えない。やはり名のある冒険者なのかもしれないぞ)
と思った。
◇◆◇◆◇
亮はエロ爺、もといベテラン冒険者爺が勧めてくれた店で牛串を買った。
そして、
(牛さん、オラに力をわけてくれ! オラの尊厳回復のために!)
と早速かぶりついた。
直後、濃厚な肉汁がジュワッと口内に広がった。
(これは牛肉というよりも、もはや牛肉ジュースだ!)
と感動するが、
(……いや、「牛肉ジュース」はないか。なんかまずそうに聞こえるぞ)
とにもかくにも、牛串は旨かった。
メチャクチャに旨かった。
ラノベやアニメをひもとくと、異世界のメシというのはだいたいがまずくて、または、まずいとまではいかなくても妙に薄味だったりして、日本出身の転生者を苦しめることが多いようだが、
(この世界は大当たりだ!)
思わず、
(おいちぃよ~)
幼児退行してしまう。
そんな亮を見て、
「お前さん、ずいぶんと旨そうに食うな」
と呆れていた爺だが、
「――矢も楯もたまらん。店主、おれにも同じものをくれ! 二本頼む!」
店主から串を受け取ると、そのうち一本に食らいつきつつ、もう一本を亮に差し出した。
「ほれ」
「……え」
「若いんだからもう一本ぐらい食えるだろ?」
「ええ、まあ食べられますが……」
「鈍いやつだな。これはおれからの祝いだよ。――ようこそ、冒険者ギルドへ、ってな」




