第11話 チャクラ × 尊厳
魔法検査士は、小太りのおっさんだった。
亮が医務室に入ると、人懐っこい笑顔で迎えてくれた。
あの白髪爺、もといエロ爺が意味深なことを言うものだからちょっとビビっていた亮だが――いや、うそ。
かなりビビっていた亮だが、
(ふう)
肩の力が抜けた。
(なんだ。優しそうなおじさんじゃないか……)
医務室は、元の世界の病院の診察室にそっくりだった。
亮が丸椅子に腰かけると、
「トールンバさんだね?」
検査士は書類をめくった。
「じゃあ今日は魔法検査ってことなんでね」
「はい」
「まずはチャクラを開いていくね」
(――チャクラ)
(チャクラ!?)
(さすがは異世界だ。「念のためにインフルエンザの検査もしておきましょうね」みたいなノリでチャクラを開いちゃうのか!)
(……そんな軽いノリで開いていいものなんだっけ、チャクラ)
戸惑いが顔に出たらしい。
検査士は
「大丈夫大丈夫!」
と笑顔になった。
そして、
「チャクラはチャチャッと開くに限るよ。チャクラだけにね。――なんちゃって」
加齢臭プンプンのギャグを飛ばし、
「げらげら!」
自分のギャグに自分で腹をよじった。
亮は、
「ハハハ……。チャクラだけに、ですね」
と作り笑いしながら、
(大丈夫なのか、この人……)
不安になってきた
というわけで、
「えへん、えへん」
咳払いして気を取り直すと、
「あのぉ」
と切り出した。
「魔法検査というのはどういうものなのでしょうか? じつはおれ、全然知らなくて」
「そうねぇ」
検査士はうなずいた。
「まず魔力ってのはさ、基本的には誰もが持っているものだよね。でもそれを使うにはチャクラが開いていないといけない」
「ふむふむ」
「チャクラは自然に開く人もいるけれど、これは少数派。多くの場合はちょっと刺激を与えてこじ開けてやる必要がある」
「ええ」
「で、チャクラが開いて二十四時間もすると、魔力が安定してくるからさ、そうしたら魔力の量や属性を調べられるようになるって寸法さ」
つまり、今日はチャクラをこじ開ける日。
明日改めて、魔力の量や属性を調べるとのことだった。
(なるほど、そういう仕組みなのか)
と納得する亮。
しかし、まだ気になることがあった。
「えっと、魔力の量や属性についてなんですが……」
「ハハハハッ」
検査士は笑った。
「トールンバさんがいま何を考えているかわかるよ。魔力量が少なすぎて使い物にならなかったらどうしよう、属性が自分好みじゃなかったらどうしよう。そういうことだろ?」
そういうことだった。
だってせっかく魔法を使える世界にきたのに、
「魔力たったの五か……ゴミめ……」
なんてことになったら目も当てられないではないか。
検査士は腕を組み、
「うーん……」
とうなった。
「魔力は天からの贈り物だからさあ、量にしろ属性にしろ、人間がいじれるものではないんだよねぇ」
とそこまで言うと、彼は腰を曲げ、上半身をグイッと亮に近づけた。
ふわり。
いい香りがした。
検査士のつけている香水に違いない。
それは、成金の香りだった。
「――まあ、いまのは建前でさ。何事にも抜け道ってのはあるわけ」
検査士はウインクした。
「抜け道を通りたくなったら、トールンバさん、いつでも相談に乗るからね」
亮は、
「ハハハッ。その時はよろしくお願いします」
愛想笑いを浮かべながら、
(マジでこいつ、大丈夫なのか……?)
◇◆◇◆◇
検査士の指示に従い、亮はベッドに仰向けになった。
そしてシャツをめくり、腹を出した。
検査士は右手をパーの形にすると、それを亮のへそのあたりに置いた。
初めは、ただこそばゆいだけだった。
しかし次第に、検査士の手が熱を帯びてきたような気がして――。
「せ、先生。何かこう」
「大丈夫だよ」
検査士は大きくうなずいた。
「ちょっと違和感があると思うけどね、大丈夫だからね」
――違和感?
そう、たしかに違和感だった。
検査士の手のひらから、植物のツタか、または触手か、何かそういったものがグーッと伸びてきて、亮の腹を撫でているような感覚があった。
間もなく、
「あっ」
その何かが皮膚をすり抜けて体内に入った気がした。
そして奥へ奥へ――。
(ううっ!)
(何かがおれの体内を動き回っているようなこの感じ……)
(体の内側から撫で回されているようなこの感じ……)
(気持ち悪いというか、苦しいというか……お。お。おお。何だこれ!?)
気づいた時には絶叫していた。
「おほー!」
立て続けに、
「お。お。おお」
もう一発。
「おほー!」
亮はびっくり仰天だ。
(おれの口から「おにまい」のまひろみたいな声が出たぞ!)
しかし――残念。
これは典型的な「なぜか自分の声はイケボに聞こえる現象」であって、実際に彼の口から出ているのは、アラサー男として可もなく不可もなくといった感じの野太い叫び声であった。
だいたいが、高野麻里佳さんのようなかわいらしい声が出る発声器官が、この宇宙に二つも三つもあってたまるかという話である。
その後も、
「×××ッ!」
だの、
「×××××××××××ッ!」
だのと、とうてい文字には起こせない声を上げまくる亮。
彼は恥ずかしかった。
メチャクチャ恥ずかしかった。
(おれは何ちゅー声を出しとるんじゃい!)
と思わず関西弁になる。
だが、何かが体内を這い回る奇妙な感触には耐え切れない。
どうしても声が出てしまう。
自認まひろおじさんと化した亮は、
(助けて、みはり!)
心の中で悲鳴を上げるが、残念でした。
この世界にみはりはいない。
(気をそらそう!)
と亮は考えた。
(何かに集中して気をそらすんだ!)
(どうする? 素数でも数えてみるか!?)
(二、三、五)
「×××ッ!」
ダメだ。
頭が回らない。
五の次がもうわからない。
(「ジョジョ」のブッチ神父は、たしか二十三まで数え、次に「二十八」と言い間違えたはずだが、いやあ、すごい。よくぞそこまで数えられましたね、神父!)
(おれは五が限界です!)
(落ち着け、おれ。落)
「×××××××××××ッ!」
(ち着くんだ!)
(もっと簡単にできる何かを――そうだ!)
亮は、天井の染みの数を数え始めた。
(一二三四五六七八九十ぅ! まだか!? 十一十二十三十四十五十六十七十八十九二十ぅ! まだ終わらないのか!?)
◇◆◇◆◇
亮は逃げるようにしてギルドを飛び出した。
チャクラは無事開いたそうで、
「じゃ、また明日きてね」
とのことだった。
無事開いたのはよかった。
それは本当によかったし、魔法を使うのがいまから待ち遠しいが、
(ううっ……)
亮は今日、何か大切なものを失った気がする。
たぶんそれは人間の尊厳と呼ばれるものだ。
(異世界、怖いよぉ!)
亮は泣きそうだった。




