第10話 信仰 × 官能小説
猫耳娘は、空いているカウンターに亮を案内してくれた。
さらに、
「一名様、ご新規でーす!」
おどけた口調でそう言いながら椅子を引き、亮を座らせてくれた。
そして、
「ちょっとお待ちくださいね」
自分はカウンターの奥に移動。
亮の向かいの席に腰かけると、
「お待たせしましたー!」
と微笑んだ。
愛嬌があって、愛想のいい娘だった。
どことなく、中華料理店の看板娘という感じがした。
「まぎレコ」の由比鶴乃とかあのあたりの系譜である。
亮は
(これはヤバい……)
と思った。
何がヤバいかというと、つまり好きになってしまいそうだったのだ。
「は? チョロすぎでは?」
と感じる方もいるだろうが、これは致し方がない。
だって亮の恋愛経験値は、中学生ぐらいから一向に上昇していないのだから。
一時はチョロすぎる自分に悩んだりもしたものだが、最近は、
(愛想のいい子を好きになって何が悪い! そんなの当然のことやろがい!)
と開き直り気味だった。
ちなみにこういう開き直りを「おっさん化」と世間では呼ぶのだが、亮はまだそれに気づいていない。
とまあそんなもろもろを知る由もない猫耳娘は――、
「いくつかお伺いしていきますね」
ペンを握った。
「まずはお名前をお聞かせください」
亮は、
「トールンバです」
と答えた。
何度口にしても、
(おれは掃除機かよ……)
もしくは、
(おれは絶望少女かよ……)
と苦笑してしまう名前だが、それでもだんだんと愛着が湧きつつあった。
それに、
(友に名乗った名前だからな!)
というわけで亮は、この先もトールンバで通すことに決めたのだ。
「トールンバさんですね」
猫耳娘がペンを走らせる。
「性別はどうですか?」
「男性です」
「ご年齢は?」
「二十八歳になります」
「では種族は?」
(……種族!?)
猫耳娘が
「ヒューマン、亜人種、エルフ、ドワーフなどですね」
と助け舟を出してくれた。
「その中ならヒューマン、かなあ……」
亮が自信なげに答えると、猫耳娘はそれをギャグと受け取ったらしく、
「フフッ」
小さく笑い、
「承知しました」
「続いて」
と猫耳娘。
「信仰はどちらになりますか?」
(信仰、か……)
亮は考える。
(まあ仏教徒ってことになるんだろうが)
(この世界に仏教は存在するのか?)
(っていうか、おれ、特に熱心な仏教徒ってわけでもないしなあ)
(前世でも、誰かが亡くなった時に「南無阿弥陀仏」と唱えるぐらいしかしてなかったし……)
さてどうしたものか。
思案する亮だったが、
(そういえば……)
ゴブリンに襲われた時のことを思い出した。
そう、神からもらった鑑定眼がまったく役に立たなかったのだ。
(クッソー、神め……)
(危うく転生直後に死ぬところだったんだぞ!)
怒りがフツフツと湧き上がってきた。
かくして亮は、
「信仰は特にありません。無神論者です」
と答えた。
すると、
「にゃ!?」
猫耳娘が変な声を漏らした。
頭の猫耳がペタッと倒れている。
彼女は素早くあたりに視線を走らせ、
「つ、つまりトールンバさんは」
声を潜めた。
「――悪魔崇拝者ですか?」
(悪魔崇拝!?)
亮はびっくりして、
「いやいやいや!」
大きな声が出た。
「違いますよ!」
猫耳娘も慌てる。
「せ、整理しましょう!」
「そうしてください!」
「トールンバさんは、どこかの教会に所属していらっしゃいますか?」
「いえ、所属していません」
「では神を信じますか?」
「いやあ……」
「人間を超越した存在、何か大きなもの、そういった類を信じていらっしゃいませんか?」
「特にこれと言っては……」
「あのぉ」
と猫耳娘が言った。
「やっぱりサタニストですよね?」
結局のところ書類には、「信仰:その他(天使崇拝)」という文字が並んだ。
「崇拝」という表現にはだいぶ違和感があるのだが、
(まあ、天使には実際に会ったしな……)
ということで妥協したのだった。
その後もいくつかの質問に回答すると、
「では最後に」
と猫耳娘が言った。
「トールンバさんは、魔法をお使いになれますか?」
――魔法!
(そうだった!)
亮はハッとする。
亮を転生させてくれたあの天使は、この世界のことを「剣と魔法の世界」と呼んでいた。
(そうだよ、魔法が存在するんだよ!)
(うひょー!)
がぜんテンションが上がってきた。
(スティール!)
(なんちゃって!)
どう答えるべきかちょっと迷ったものの、
「じつは、使えるかどうかわからないんです」
亮は正直に答えた。
「じゃあ検査してみましょうか」
ということになった。
「魔法検査士」という専門職があるそうで、ちょうどいま、その検査士がギルドにきているのだそうだ。
「順番にご案内しますので、少々お待ちくださいね」
◇◆◇◆◇
検査までの間、フードコート風のスペースで待つことになった。
亮は、空いている席に座った。
隣のテーブルでは、一人の冒険者が本を読んでいた。
白髪頭で、たぶん六十歳ぐらいだと思うのだが、半袖からのぞく腕は筋肉ムキムキだし、
(おおっ!)
頬には刀傷のようなものがある。
いかにもツワモノという感じだった。
さらに、なかなかのイケオジだ。
特に、額のしわがいい。
知的な印象である。
(読んでいるのは哲学書か、または魔法書か……)
とまあそんな感じで、暇つぶしにあたりの様子をうかがっていると――、
「ギルマスを出せよ、ギルマスを!」
という怒声が聞こえた。
亮は思わずビクッと体を震わせた。
(何事だ!?)
見るとカウンターで、モヒカン頭の冒険者がいきり立っていた。
声の感じからしてかなり若そうな男だった。
受付嬢がモヒカンに何か言った。
「だからそれが納得いかねーって言っているんだよ!」
モヒカンがまた叫んだ。
「――やれやれだぜ」
隣のテーブルの白髪爺がそうつぶやくのが聞こえた。
彼は亮に向かって肩をすくめてみせると、
「うるさくて読んでられねーよ」
本を閉じた。
亮は反射的に視線を送り、本の表紙をうかがった。
それは哲学書――ではなかった。
魔法書でもなくて、タイトルを見る限りでは、それは官能小説だった。
(どこがツワモノだよ!)
(エロ爺じゃねーか!)
(おれは人を見る目がないな……)
と苦笑する亮だが、
(いや、待てよ)
考え直す。
(ギルドで人目を気にせず官能小説を読む――。これは十分にツワモノと言えるのではないか)
白髪爺が訊いた。
「にいさんは最近入った人かい?」
「ええ。最近というか、ついさっき登録手続きを終えたばかりです」
「そうか。じゃあ知らないだろうが、あのモヒカン野郎はさ」
白髪爺はあごをしゃくった。
「自分はA級冒険者の器だ、さっさと昇格させろと騒いでいるんだよ」
「ははあ」
「先週も、先々週も揉めていたよ。まあ、たしかに腕はいいらしいんだな。素質はあるらしい。だがね、優秀なら何をしてもいいってことはないだろ? あんな風に揉めちゃおしまいさ」
白髪爺は小さく笑った。
「『ギルドの言いなりになれ』と言っているんじゃないぜ。『揉めるにしたって揉め方ってものがあるはずだ』と言っているんだ」
――含蓄のある言葉だった。
やはりなかなかのツワモノなのかもしれない。
本当はもう少し話してみたかったのだが、
「トールンバさん、二階の検査室へどうぞ」
という声が聞こえた。
亮は立ち上がり、白髪爺に会釈した。
「これから魔力検査かい?」
「ええ、そうです」
「あー、そう……」
パチパチパチパチッ。
白髪爺は目をしばたたかせた。
そして、
「そのぉ、何て言うかな」
彼はボリボリと頭を掻き、
「これは先輩としてのアドバイスだが、いいかい、検査中は力を抜くことを忘れるなよ」
亮は意味がわからない。
「……何ですって?」
「リラックスだよ、リラックス。全身の力を抜くんだ。いわばこの世界と一体化する感覚。――天井の染みの数を数えるのもいいと聞くぞ。そうすりゃすぐに終わるってよ」
(……この爺さん、官能小説みたいなことを言い始めたぞ)
亮は嫌な予感しかしない。




