第1話 ネットミーム × 紅ショウガ
※全35話、3月28日に完結予定です。最終話まで完成済です。 →完結しました!
佐藤亮を轢いたトラックのナンバーは、「練馬」の「へ」だった。
トラックに潰されながら、
(コノヤロ!)
亮は心の中で罵った。
(覚えてろよ、「練馬」の「へ」! もしも来世というものがあったなら、おれは必ず、そのぉ、えーと……具体的な方法は思いつかないが、とにかく「練馬」の「へ」に復讐してやるぞ!)
亮が怒るのも無理なかった。
居眠り運転のトラックにはねられそうになっている婆さんを見かけ、
「あ!」
考えるよりも先に体が動いた。
亮は、反射的に車道に飛び出していた。
老婆を突き飛ばしたところまではよかった。
だがそこで時間切れ、亮が逃げる余裕はなかった。
かくして老婆の代わりに亮が犠牲になった。
というか、バキバキバキ!
いままさに下半身が砕かれつつあった。
「痛ぇー!」
そんな状況であるからして、普段温厚な亮も思わずカッとなったわけだが――、
(ちょっと待てよ)
改めて考えてみると、「練馬」の「へ」。
つまりは「馬の屁」。
(おれは馬の屁に潰されて死ぬのかい)
そう思うと何もかもがアホらしくなってきた。
ボキ。ボキボキボキ。
トラックのタイヤが亮の肋骨を砕いた。
意識が急激に遠のいていく。
(馬の屁、か。おれの人生に相応しい最期かもな)
思わず苦笑する亮。
そこで意識が途切れた。
享年二十八歳。
亮は死んだ。
だが彼の物語はまだ終わらない。
◇◆◇◆◇
次に気づいた時、亮は真っ白い部屋の中にいた。
彼はパイプ椅子に腰かけており、目の前にはテーブル、そしてその向こうに天使がいた。
「どうも、天使です」
「ハーイ、エンジェルです」
と相手が名乗ったわけではないが、それはどう見ても天使だった。
だって頭の上に輪っかが浮かび、背中には羽が生えていた。
加えて、ちょっと幼い感じの整った顔立ちに、ゆるくカールする髪の毛。
(この愛らしさ。天使に違いない!)
と亮は確信していた。
天使が告げた。
「佐藤亮さん。あなたは異世界に転生することになりました」
(ははあ、やっぱりそうだったか……)
じつはそんな気がしていたのだ。
亮はガチオタというほどではないが、
「『ラブライブ!』だったら矢澤にこっすね。ええ、そこは譲れませんね」
とか、
「え、かよちん? あなた、かよちん推しですか? ……欲望に正直すぎるって言われませんか?」
とか、それぐらいの会話をたしなむ程度の知識と経験はあるわけで、そりゃね、そりゃもちろん「トラック×死=転生」という公式だって知っていた。
ゆえに、
(これ、転生するんじゃね?)
「練馬」の「へ」に潰されながらそう感じていたのである。
反応薄の亮に対して、
「えっと、佐藤さん?」
天使が声をかけた。
ちょっと困った感じの顔になっていた。
一段と愛らしかった。
亮はドギマギしてしまって、
「あ。えっと、転生ですね!」
声が裏返る。
「はあ、転生かあ! いやあ、ハハハッ。困ったな。こういう時、どんな顔すればいいのかわからなくて」
頭を掻いた。
天使は
「フフッ。そうですよね」
と微笑み、
「じゃあ私、お茶でも持ってきますね」
と立ちあがった。
ドアから出ていく天使を見送りながら、
(あーあ)
亮は心の中でため息をついた。
(おれはおれにがっかりだよ……)
(「こういう時、どんな顔すればいいのかわからなくて」って、おれは何を言っているんだか……)
(すぐネットミームに逃げる)
(それがおれの悪いところだ)
(こんなんだから、この年になるまでカノジョの一人もできなかったんだ)
(せめてあの時、あの子といい雰囲気になったあの夜に、「愛しています」――というのはさすがに恥ずかしすぎてきついとして、「あなたのことが好きです」と、そう素直に言えていればおれの人生は)
(それだのにおれときたら「月がきれいですね」)
(あの子のポカンとした顔)
(苦笑いした顔)
(アホか。おれはアホなのか。そう、アホなのだ)
(もう嫌だ)
(もう死にたい)
(いや、もう死んだのか)
天使が熱々の緑茶を持って戻ってきた。
「いただきます」
すする。
回転寿司のチェーン店の味がした。
ホッとする。
そしていまさらながら気づいたのだが、
(おや)
部屋にはBGMが流れていた。
「恋するフォーチュンクッキー」だった。
(いよいよ回転寿司っぽくなってきたぞ)
と亮。
(そういえば、死ぬ前にもう一度ネギトロを食いたかったな)
未練が湧いてきた。
一方、亮がBGMに気づいたことを察したのだろう、天使は上半身を揺すってみせた。
たぶん「恋するフォーチュンクッキー」のダンスをまねているのだと思うが、それはクッキーというよりも、うどんをこねるような手つきだった。
うろ覚えらしい。
恥ずかしそうに微笑む天使。
それがまたメチャクチャに愛らしかった。
彼女は言った。
「このBGM、最近リニューアルしたばかりなんですよ」
「へえ」
「ちょっと前までは『TRAIN-TRAIN』だったんです」
「THE BLUE HEARTSですか」
亮は、
「あ」
ピンとくるものがあった。
「もしかしてアレですか? 『銀河鉄道の夜』とかけているとか……」
すると天使は、
「フフッ」
と微笑んだ。
「それもロマンチックでいいですね。でもそうじゃなくて。ほら、『TRAIN-TRAIN』って歌詞がいいでしょう?」
「歌詞?」
「『ここはウンタラカンタラ』っていう……」
天使の歯切れが悪くなる。
きっとJASRACに配慮しているのだろう。
とはいえ、
「ああ!」
天使が言わんとしていることはすぐにわかった。
「そうか! ここはアレでもなければコレでもないから」
「そうそう! ね、ここで流すにはぴったりでしょう?」
なるほど、ぴったりである。
二人は目を合わせ、微笑み合った。
「いやあ、それにしても」
亮は再び茶をすすった。
「もう一度『恋するフォーチュンクッキー』を聞けるとは思いませんでしたよ」
彼は茶碗をテーブルに戻しながら、
「嬉しいです」
と言った。
本心からの言葉だった。
亮は、この曲に特に思い入れがあるわけではないし、むしろ陽キャが踊り狂っているイメージが強いので、どちらかといえば苦手な部類だったのだが、改めてこうして聞くと、
(いい曲だなあ)
しみじみそう思うのだった。
「頑張って選曲した甲斐がありました」
天使が微笑んだ。
「じつは『恋するフォーチュンクッキー』を推したのは私なんですよ」
「へえ」
「女神さまはもっと踊れる曲がいい、ノリノリでいきたいっておっしゃったんですけれど、私としてはそれは違うでしょと思って」
「なるほど」
「ここだけの話なんですけれどね」
天使は身を乗り出し、声を潜めた。
「女神さまったら最近、韓流にハマっちゃって」
「……」
「韓国っぽくしたいとおっしゃるんですよ」
「韓国っぽく?」
「ええ。あちらの天国では『カンナム・スタイル』が流れているんですよ。天使一同、曲に合わせてステップを踏んでお出迎えするのが韓国流なんです」
(……日本人でよかった)
と亮は思う。
いまほど日本人であることに感謝したことはなかった。
(おれ、そんな陽キャのノリにはついていけないよ)
さらに、
(韓国には陰キャがいないのだろうか?)
(いや、いないはずがない。日本と同程度にはいるはずだ)
(……同情するぜ)
と隣国の同士に想いを馳せた。
間もなく、
「あらいけない」
天使がつぶやいた。
チラッと腕時計に目を走らせると、
「ごめんなさい。ちょっとのんびりしすぎちゃいました」
天使はテーブルの上の書類を慌ただしく手に取り、
「佐藤亮殿」
と読み上げた。
「あなたは異世界に転生することになりました」
「はい」
「ついては転生する世界なのですが、二つからお選びいただけます」
(おお!)
亮の胸が高鳴る。
(一気にそれっぽくなってきたぞ)
「一つ目は剣と魔法の世界です。もう一つは、手榴弾とロケット・ランチャーの世界。どちらをご希望されますか」
「……剣と魔法の世界でお願いします」
と亮は答えた。
考えるまでもなかった。
(おれは、そんな北九州みたいな世界には行きたくない!)
「では続いて、特殊能力の授与に移ります。神の名において授与される能力は――【言語理解】【身体頑強】【鑑定眼】の三つです。おめでとうございます」
「……」
(いや、悪くはない。悪くはないんだ)
(異世界の言葉がわかるのは助かるし)
(衛生状態とか治安とかが不安な世界だからこそ、体が強いのは嬉しい)
(【鑑定眼】だってきっと便利だろう)
(でも……)
(なんつーかな、どれもこれも牛丼における紅ショウガみたいじゃね?)
(ほら、普通は【魔物テイムSSS】と【鑑定眼】とか、【経験値100倍】と【身体頑強】とかさ……)
(いや、もちろん紅ショウガも旨いんだけれど、あくまでも牛丼ありきというか、牛丼のお供というか)
(……え。おれ、紅ショウガだけ持って異世界に行く感じ!?)




