8. 愛の結晶
風を纏って飛び込んできたのはライアス様だった。
相変わらずの猛スピード帰宅である。
「いやーカラスが意外と強かった。集団戦法を使ってくるんだもん。参ったよ」
魔王と戦った男がカラス相手に何を言っているのかと思う。
私の気を引くための捏造武勇伝か?
私はエプロン姿で彼に向き直り、満面の笑みを向けた。
「ナイスタイミングです、ライアス様!」
「えへへ、褒めて褒め……て……?」
私に抱きつこうとしたライアス様の動きが止まった。
彼の視線が私の背後の調理台――そこで強烈な光を放つ物体に釘付けになる。
「……え、何その光り輝いているやつ」
「これですか?」
私は皿を持ち上げ、彼の前に差し出した。
逆光で私の顔が見えなくなるほどの眩しさだ。
「これは『世界樹の根』という、滋養強壮にすっごく効く伝説の食材を混ぜ込んだ特製ハンバーグです! 疲れたライアス様のために作ったんですよ!」
「ハンバーグ…?」
ライアス様が後ずさる。
勇者の本能が警鐘を鳴らしているのかもしれない。
「ありがとう。気持ちは嬉しいけど、これって本当に食べていいやつ? なんかすごく光ってるけど」
「大丈夫です!(たぶん)」
私は力強く断言した。
「探すの大変だったんですから! ようやく見つけた愛の結晶なんですよ! 召し上がってください!」
「あ、愛の結晶……」
その言葉に、ライアス様の表情が緩む。
やはり彼はチョロかった。
私の手作り、しかも苦労して手に入れたという事実が彼の警戒心を上回ったようだ。
「わかった。ハンナが僕のためにそこまでしてくれたなら食べるよ」
彼は悲壮な覚悟を決めた兵士のような顔で光り輝く肉塊を恐る恐る口へと運ぶ。
咀嚼する彼を、私は固唾を飲んで見守る。
どうだ。味は。効果は。
カッッ!!
その瞬間、ライアス様の瞳孔からビームのような光が迸った。
「――美味いッ!」
厨房の窓ガラスがビリビリと震えるほどの大声が響いた。
「なにこれ今まで食べたものの中で一番美味い! 肉汁と謎の旨味が爆発してる!」
「よかった……!」
「しかも元気が湧いてくる! カラスとの激闘で消耗した体に無限の体力がみなぎってくる!」
ライアス様は叫びながら猛然とハンバーグを食べ始めた。
一口食べるごとに彼の全身強く発光していく。
最初は淡い黄金色だった光が、完食する頃には七色に明滅する勇者へと進化していた。
「力が溢れて止まらない!」
彼は立ち上がり、両腕を天に突き上げてポーズをとった。
その体からは虹色のオーラが噴出し、厨房はもはや万華鏡の中のようだ。
効果てきめん過ぎる。
「ハンナありがとう。最高だ!」
七色に輝くライアス様が満面の笑みで私に振り返った。
「約束通り今回は『世界一カッコいい』って褒めてもらうからね。さあ膝枕を!」
彼は両手を広げ、私の元へ飛び込んでこようとする。
「無理です、ライアス様」
しかし私は両手でバッテンを作り、彼を拒絶した。
「え、なんで!?」
「眩しすぎます」
私は目を覆った。
直視できない。太陽を至近距離で見ているようなものだ。
彼が近づくだけで視界がホワイトアウトする。
「直視できません。目を閉じても瞼の裏が明るいです。近寄らないでください」
「そんなぁ……」
私の冷たい拒絶にライアス様がガクリと肩を落とす。
しゅん……。
彼が落ち込むと、その感情に連動するように七色の光が少しだけ弱まった。
彩度が落ち、切なげな色合いへと変化する。
薄ぼんやりと光っている様子は正直あまりカッコよくはなかった。蛍の成れの果てみたいだ。
「元気にはなったけど、ハンナに拒絶されたら意味がないよ……」
厨房の隅で膝を抱えて光るライアス様。
どう収拾をつけようか悩んでいた、その時。
「なんだか厨房が騒がしいな。うおっ、まぶしっ!」
今度は父である辺境伯がやってきた。入室するなり腕で顔を覆った。
今の厨房には七色の発光体が鎮座しているのだ。
「勇者殿!? どうしたんですかその姿は。新しい強化魔法ですか!?」
「お義父さん。ハンナがいじめるんです…」
「はあ……?」
父は困惑しつつもあまりの眩しさに目を逸らし――ふと、足元の木箱に視線を留めた。
「ん、それは…?」
父の目が先ほどまでとは違う意味で見開かれる。
彼が見ているのは私が『世界樹の根』から削ぎ落とし、無造作に捨てていた石ころ山。
「それは世界樹の根の周りに張り付いていた邪魔な石ですね」
「……!?」
父は震える手で、その石の一つを拾い上げた。
そして懐から拡大鏡を取り出して観察すると、喉が裂けんばかりの絶叫を上げた。
「これミスリルの原石だ!!」
「え?」
「みすりる?」
私とライアス様の声が重なる。
「間違いない、最高純度のミスリル鉱石だ!」
父は私に詰め寄った。
「ハンナ、これはどこで拾った!?」
「ええと、ダンジョン跡地の深い断層で……」
「そうか、ダンジョンの影響で地脈が変化し、深層の鉱脈が押し上げられたんだ!」
父はすぐさま懐から手帳を取り出し、控えていた従僕に指示を飛ばす。
「今すぐ鑑定士と鉱夫を現場へ走らせろ! ダンジョン跡地だ、急げ!」
「はいっ!」
従僕が転がるように出ていく。
それからしばらくすると、早馬に乗った使いが戻ってきた。報告は簡潔かつ衝撃的だった。
『ご主人様、巨大なミスリル鉱脈です! 掘れば掘るほど出てきます!』
「はは……はははははっ!!」
報告を聞いた父は天井を仰いで高笑いを始めた。
「ミスリル鉱脈だ! ダンジョン発生でどうなることかと思ったが……。ようやくツキが回ってきたな! これで借金など紙屑同然! 我が領地はこれで安泰である!!」
父の笑い声が厨房にこだまする。
ダンジョン発生から続く重圧から解放された父のテンションは、完全に振り切れてしまったようだ。
「燃えろおぉぉぉ! 請求書! 借用書! 全て灰になれぇぇぇ!」
「お父様!?」
父は書斎へダッシュすると両腕いっぱいに書類の束を抱えて戻ってきた。
それはこれまで我が家を苦しめてきた、溜まりに溜まった「督促状」や「借用書」の山だ。
父はそれを厨房のコンロの火にくべ始めた。
「ひゃっはー! 燃えろ燃えろー! 借金生活とはおさらばだー!」
メラメラと燃え上がる紙束。
それを見て狂ったように踊る父。
いつもあんなに真面目で厳格だったお父様が……。
どうやら苦しい領地経営に精神が限界を迎えていたらしい。タガが外れる音が聞こえた気がした。
お父様にもハンバーグを作ってあげるべきだっただろうか? いや、これ以上元気になられても困るか……。
「大事にとってあったビールの樽を開けるぞ! 持ってこい!」
父の命令でビール樽が運び込まれる。
父は栓を抜くと頭からかぶりはじめた。
「今日は無礼講だ! お前たちも飲めぇ!」
ビールまみれになりながら叫ぶ父。
その姿に、これまで苦労を共にしてきた侍従や料理人たちの目にも狂った熱が宿る。
「おおお! ご主人様万歳!」
「ミスリル万歳!」
「ああ、我々にも一口!」
侍従たちが樽に殺到する。
そして、ある者は鍋を太鼓代わりに叩き、ある者は野菜スティックを振り回し、父と一緒になって踊り狂い始めた。
厨房は瞬く間に酒と炎と歓喜の狂乱パーティー会場と化した。
目の前では、ビールを浴びて踊る父と使用人たち。
燃え盛る借用書の炎。
そしてその横、厨房の隅っこでは――。
「…………」
七色に激しく発光しながらもしょんぼりしている最強の勇者。
……なんだこの状況。
「しかし、ライアス様」
私はカオスな宴を眺めつつ、光る婚約者に声をかけた。
「なに? やっぱりカッコいいって言ってくるの?」
彼は顔を上げ、期待に満ちた目で発光してくる。
「いえ。七色に輝いているのに影が薄いなと思いまして」
「ひどい!」
ライアス様が悲痛な叫びを上げる。
その叫びに合わせて体が一層強く発光し、踊り狂う父たちを照らし出した。
こうして、私のスコップ一本から始まった騒動は予想の斜め上の結末を迎えた。
この事件により、ミスリル鉱脈による莫大な富がもたらされ、領地の財政難は一気に解決することになったのであった。




