7. 要求が具体的すぎる!
しかし、勇者様に黄色い声援を送る甘い時間も束の間だった。
「勇者様、鉱山の奥で正体不明の唸り声が……」
「うちの息子が家出しまして……どうか捜索を……」
「勇者様、うちの畑のカラスを追い払っていただけませんか!」
相変わらず、次から次へとライアス様へのお遣いが舞い込んでくる。
……みんな、ライアス様を便利屋か何かだと勘違いしてない?
しかし、彼らはなぜか英雄への依頼として破格の報酬を積んでくる。
結婚資金のために背に腹は代えられない。
ライアス様はげんなりした顔で私を見た。
「ねえ、もう行かなくていい?」
「ダメです。カラスに困っている農家さんを見捨てるのですか!」
「カラスくらい案山子でどうにかなるよ……」
「報酬を見てください。金貨二十枚です」
「……行く」
現金な勇者様だった。
彼は立ち上がると、またしても新たな条件を突きつけてきた。
「じゃあ、帰ってきたら……」
彼は私の耳元に顔を寄せ、真剣な声で囁く。
「膝枕して僕の顔を上から覗き込んで世界で一番愛おしそうな顔で『世界一カッコいい』って言って!」
「要求が具体的すぎる!」
シチュエーション指定まで入った。
どれだけ私の膝枕と称賛に飢えているんだ、この人は!
「それがないとカラスとは戦えない」
「最強の勇者様が何を言っているんですか!」
「行ってきます!」
そんな私のツッコミも聞かず、ライアス様は聖剣を持ってダッシュで家を出ていった。
その背中を見送りながら、私はふと冷静になって計算した。
このペースでライアス様が全部のお遣いを解決して帰ってくると……。
今回の報酬と合わせて結婚資金の予算が半分ぐらいは貯まってしまう。
……まずい、私はまだ『世界樹の根』を掘り当てていない!
このままでは「私の料理で彼を支える」という内助の功プランが台無しだ!
「のんびりしていられないわ!」
私は気合を入れ直し、スコップをひっ掴んだ。
彼がカラスと戦っている間に、何としても掘り当てなければ。
◇
ダンジョン跡地での土木作業も板についてきた。
私の掘った穴はすでにちょっとしたクレーターとでも言える大きさになっている。
今やスコップの扱いは職人級。
令嬢として間違った方向へ伸びている気がするが、これも愛する婚約者のためだ。
「そろそろ出てもいい頃合いだと思うけど」
私は額の汗を拭いながら積み上がったごろごろした石の山を見上げた。
ライアス様がカラス討伐に向かってから数日が経過している。
彼の驚異的な身体能力と私に褒められたいという執念を考えればそろそろ帰還してもおかしくない。
彼が帰ってくる前に、なんとしても『世界樹の根』を手に入れなければ。
そして疲労困憊の彼に食べさせ、その活力を復活させるのだ。
それが待つだけの女ではない、できる妻の務めというもの!
私は気合を入れ直してスコップを振り上げた。その時だった。
「……あれ?」
土の隙間から光が漏れ出している。
夕暮れ時の薄暗くなり始めた穴の底で力強い黄金色の光が瞬いている。
「もしかして……」
心臓が早鐘を打つ。
土を払うたびに、光は強さを増していく。
そして、ついにその全貌が露わになった。
「これだわ!」
それは歪にねじれた太い植物の根。
ただし、内側から眩いばかりの黄金の光を放っている。
図鑑に載っていた挿絵よりも神々しく、胡散臭いほど光っている。
「まさしく『世界樹の根』!」
やった。ついにやり遂げたのだ。
これでライアス様を元気いっぱいにできる!
私は震える手でその根っこを持ち上げた。
ずしりとした重みがある。
ただ根っこの周囲には硬い岩石がびっしりとこびりついていて、簡単には剥がれそうになかった。
「……それにしても」
私は光り輝く根っこを掲げ、まじまじと見つめた。
眩しい。直視していると目がチカチカするレベルだ。
「こんな発光しているものを食べても大丈夫なの?」
一抹の不安がよぎる。
食品というよりはランプに近い輝きだ。
これを体内に入れるというのは勇気が必要なのではないだろうか。
けれど私はすぐに首を振ってその不安を打ち消した。
「たぶん大丈夫!」
私は根拠のない自信と共に頷いた。
死人が走り出すレベルの活力なのだ。光るくらい当たり前だろう。
それに勇者様は頑丈だ。多少の刺激物はむしろスパイスになるはずだ。
「急いで帰って調理しなくちゃ!」
私は根っこに張り付いて離れないごろごろの石ごと抱きかかえると、穴を這い出して馬に飛び乗った。
屋敷に戻ると執事のおじい様が目を丸くした。
「お嬢様!? その光り輝く物体は……」
「見つけましたよおじい様。これこそが伝説の『世界樹の根』ですよね!」
私は戦利品を誇らしげに掲げた。
屋敷の壁に私の影がくっきりと投影されるほどの光量だ。
「ええ、まさしく『世界樹の根』でしょうな。まさか本当に掘り当てるとは……」
「愛の力です。厨房をお借りしますよ!」
おじい様が腰を抜かさんばかりに驚いているのを尻目に、私は意気揚々と厨房へと駆け込む。
「お嬢様が松明を持ってきたぞ」
「いや、松明にしては明る過ぎないか?」
料理長や使用人たちがざわめく中、私は調理台に『世界樹の根』をドカと置いた。
まな板の上が真昼のように明るくなる。
「さて、と」
まずは下処理だ。
根っこの周りは灰色の石がしつこく張り付いている。
私は包丁でその石を削ぎ落としにかかった。
「硬いわね……」
石は強固にへばりついていたが、ライアス様への愛(と腕力)で強引に引き剥がしていく。
剥がした石は邪魔なので、とりあえず足元の木箱に放り込んでおいた。
綺麗になった根っこはさらに輝きを増していた。
私はそれをすりおろし器にかけ、ゴリゴリとすりおろしていく。
黄金色のペーストが出来上がるにつれ、厨房全体が怪しげな光に包まれていく。
「これを…こうして」
私は特製の挽肉ダネにすりおろした根っこをたっぷりと混ぜ込んだ。
最終的に出来上がったのは七色に輝くハンバーグのタネだった。
「…オーロラ・ハンバーグね」
私はそれをフライパンでじっくりと焼き上げた。
焼いても光が衰えないが、香ばしい匂いは食欲をそそる。
皿に盛り付けると、そこには後光が差しているかのような神々しいハンバーグが鎮座していた。
その時、厨房の扉が勢いよく開かれた。
「ただいま! 世界一カッコいいって言われるために急いで帰って来たよ!」




