6. はいはい、カッコいいですよー
馬を飛ばして一時間。
私はダンジョンの跡地にたどり着いた。
ちなみにライアス様なら走って一時間もかからないだろう。
かつてはモンスターが溢れ出て危険地帯だったこの場所も、ライアス様が攻略を完了した今ではすっかり大人しいただの洞穴となっている。
私は馬を降り、周囲をぐるりと見渡した。
あった。
ダンジョンの洞穴ができた衝撃で断層のように古い地質が露出している場所がある。
あそこなら、深い場所に眠る『世界樹の根』にも届くはずだ。
「よし……」
私は袖をまくり上げ、スコップを構えた。
辺境伯令嬢が人気のないダンジョン跡地で一人、地面に向かってスコップを突き立てる。
こんな姿など社交界の知人が見たら卒倒するかもしれない。
でも今の私には恥じらいよりも愛する婚約者の健康の方が大事なのだ!
「えいっ!」
ザクッと小気味良い音が響く。
土を掘り返し、石を除け、ひたすらに掘り進める。
「……はぁ、はぁ」
額に汗が滲み、腕がパンパンになってきた。
足元には私が掘り返した土の山ができている。
しかし肝心の『世界樹の根』らしきものは一向に出てこない。
出てくるものと言えば、なんだかくすんだ色をした、ごつごつとした拳大の石ころばかりだ。
「なんなのよ、これ……」
私は足元に転がった薄汚い石を拾い上げ、放り投げた。
図鑑に載っていたような、黄金色に輝く根っこなんてどこにもない。
ただの岩だらけだ。
けれど。
「こんなところで諦めるわけにはいかないわ」
ライアス様は今も私たちの未来のために戦っているのだ。
私だけが「疲れました、帰ります」なんて言えるはずがない。
私は再びスコップを握り直した。
「出るまで掘る!」
それからというもの、私の日課は『ダンジョン跡地での土木作業』となった。
毎日馬を走らせては現場へ向かい、日が暮れるまでひたすら土を掘り返す。
そして、くすんだ石ころの山を築いて帰ってくる。
使用人たちには内緒にしているが「お嬢様はいったいどこへ?」と不思議に思われているらしい。
しかし、せっかくならばライアス様にサプライズで『世界樹の根』をあげたいのだ!
伝説級の戦闘力を持つライアス様には、それこそ伝説級の薬草がお似合いだろう。
私は内緒でダンジョン跡地を掘り続けた。
◇
土木作業を数日続けたある日のことだった。
「ただいま!」
屋敷に戻ると、本来ならそこにいるはずのない男が満面の笑みで出迎えてくれた。
「ライアス様? もうお戻りになられたのですか?」
私は目を丸くした。
彼が隣の領地へ旅立ってからまだ五日しか経っていない。
往復の移動だけでもそれくらいはかかるはずだ。討伐はどうしたのだろうか。
「うん、急いで帰ってきたからね!」
「急いでって……魔物は?」
「到着したその足で巣穴に突撃して、サクッと倒してきたよ」
彼は事もなげに言った。
聞けば現地に着くなり挨拶もそこそこに魔物を葬り去り、領主や民衆からの「勇者様万歳!」という歓声を背に受けるや否や、ダッシュで帰路についたらしい。
「宴の準備もされていたけど『じゃあ僕はこれで。辺境領に報酬は送っておいて!』って断ってきた」
「断ったんですか!? 美味しいご飯とお酒が振る舞われたでしょうに」
「そんなのより、ハンナのご飯の方がいい」
隣領での滞在時間は日の出から日の入りよりも短かったようだ。
最短で私の元へ戻ろうとする恐ろしい執念を感じる。
ライアス様はソファに座る私の隣に擦り寄ってきて聞いてきた。
「討伐を速攻で終わらせて帰ってきた僕、カッコいい?」
キラキラと輝く碧眼が期待に満ちて私を見つめている。
カッコいいというかなんというか……。
そこまでして早く私に会いたかったのかと思うと、呆れると同時に少し頬が緩む。
「はいはい、カッコいいですよー」
私は彼の頭を撫で回してあげた。
彼は「んふふ」とだらしない声を上げ幸せそうに喉を鳴らす。
その様子はさながら飼い主にだけ甘える不愛想な猫のようだ。
相変わらず、チョロい。
うーん、本当は例の『世界樹の根』を掘り当てて振る舞い、元気もりもりにさせてあげる計画だったけど……。
あのごつごつした石ころの山が増えただけだ。
まあいいか。
こうしてライアス様が膝枕をねだってくる日々も、日常が帰ってきた感じがあって悪くない。
――そう思っていたのだが。
私の穏やかな日々はまだ完全には帰って来なかった。
「勇者様、我が領地でも魔物が!」
「領内の湖に巨大な水棲魔物が現れまして!」
「今度の祭りの目玉として、ぜひ勇者様に餅つきをお願いできませんか!」
翌日から、屋敷にはひっきりなしに使者が訪れた。
ライアス様の噂を聞きつけた近隣の領主や村長たちが、我先にと依頼を持ち込んできたのだ。
……あれ、なんか変なの混じってなかった?
応接間でライアス様がテーブルに突っ伏した。
「やっとハンナとの時間を満喫できると思ったのに……」
「人気者は辛いですね、ライアス様」
「もっとハンナの『カッコいい』を楽しもうと思ってたのに! もう行きたくない!」
「ですが、この依頼を解決した方がもっとカッコいいですよ!」
私は心を鬼にして彼を励ます。
これも結婚資金のため、ひいては領地の復興のためだ。
「えー……本当に?」
「本当です。困っている人を助ける姿、素敵です」
「じゃあ…」
彼は顔を上げて真剣な眼差しで条件を提示した。
「帰ってきたら凱旋パレードの最前列にいる熱狂的なファンみたいなかんじで『ライアス様カッコいい!』って叫んでね!」
「なんですかその無駄なこだわりは!」
黄色い声援を要求する勇者。
前代未聞である。
けれど彼を動かすにはそれしかない。
「…わかりました。約束しますから行ってきてください!」
「行ってくる」
彼は素直な笑顔で立ち上がり、再び戦地へと赴いていった。
私は彼を見送りながら「次こそは帰ってくるまでに『世界樹の根』を掘り当てて疲れを癒してあげるんだ!」と意気込んで、再びスコップを手にダンジョン跡地へと向かった。
――三日後。
「ただいま!」
「だから早いですってば!」
私は玄関で叫んだ。
今回はさらに遠方の依頼だったはずだ。どう計算しても一週間はかかる距離なのになぜ三日で戻ってくるのか。
「急いで来たからね」
「ライアス様の『急いで』の定義がおかしくありませんか?」
詳しく聞けば、不眠不休で馬車を追い抜き山を越え谷を飛び越えて走り抜けてきたらしい。
魔物と戦うよりも移動の方が過酷だったのではないだろうか。
もう、無駄にハイスペックなんだから!
「さあハンナ、約束!」
彼は期待に満ちた目で私を見つめ、両手を広げた。
……やるしかないのか。
私は周囲の使用人たちの視線を感じながら、深呼吸をした。
恥を捨てるのだ。これも彼への報酬なのだから。
「……きゃー! ライアス様カッコいいー! 素敵ー!」
私は裏返った声で、棒読み気味に叫んだ。
「でへへ……」
ライアス様は顔を赤くして、照れくさそうに頭を掻いている。
言わせた本人も恥ずかしいんかい!
こっちまで余計に恥ずかしくなるじゃないですか!




