5. そもそも、おかしくありませんか?
屋敷の玄関ホールに立つライアス様。
マントを羽織り、聖剣を背負った姿は悔しいけれど見惚れるほど様になっている。
子爵が拝むような手つきで彼を見つめていた。
「勇者殿、本当にかたじけない!」
「任せておけ。民の安寧は僕が守る(主にハンナとの結婚資金のために)」
カッコ内の本音は聞こえていないふりをして、私は彼に近づいた。
「お気をつけてライアス様」
「ああ。行ってくるよ」
彼は私の手を取り、甲にキスを落とす。
そしてふと何かを思い出したようにおずおずと口を開いた。
「あのさ、ハンナ」
「はい?」
「もし、もしもだけど、万が一やられちゃったら……」
彼は視線を泳がせながらボソッと言った。
「このクローゼットから帰ってきてもいい?」
私は眉をひそめた。
「ダメに決まっているでしょう! もう二度とクローゼットから出てこないって約束したじゃないですか!」
彼はビクッと肩を震わせる。
「で、でも、万が一の保険というか……緊急避難的な!」
「ダメです。それに……」
私は首を傾げた。
彼の言葉に、奇妙な違和感を覚えたのだ。
「そもそも、おかしくありませんか?」
「えっ? 何が?」
「だって、ライアス様の『セーブポイント』は一番近い祭壇跡地になるのでしょう? 今回向かうのは隣の領地です。万が一あちらで命を落としたとしても、あちらの領地にある祭壇から復活するはずじゃありませんか?」
そう。
かつて彼は言っていた。
ダンジョンで死ぬたびに私のクローゼットから出てきたのは、そこが『一番近かったから』だと。
だとしたら、遠く離れた隣の領地で死んでなぜ『この』クローゼットから復活する話になるのか。
距離的にあり得ないはずだ。
それなのに、彼はあたかも『場所を選べる』かのような口ぶりで……。
「えっ……あっ」
ライアス様の顔がみるみるうちに青ざめていく。
目が泳ぎまくり、額から冷や汗が噴き出している。
「いや、気持ちの問題というか、心はいつもここにある的な! 帰る場所はハンナの元だっていう比喩表現で!」
「……ライアス様?」
私は目を細めて彼をじっと見つめた。
すごく怪しい態度……。
「行ってきます!」
ライアス様は裏返った声で叫ぶと逃げるように屋敷を飛び出していった。
「あっ、待ちなさいライアス様! まだ話は終わっていませんよ!」
私の呼び止める声も聞かず、彼の背中が遠ざかっていく。
――魔物討伐へ向かう勇者というよりは、悪戯が見つかって逃げ出す子供そのものだった。
◇
隣の領地への遠征となると往復の移動だけでもそれなりの日数がかかる。
向こうでの情報収集や討伐にかかる時間を合わせれば十日は帰ってこない計算だ。
ライアス様が旅立って数日。
ベッドの下からモゴモゴと愚痴が聞こえてくることはなくなった。
屋敷は静寂を取り戻し、私は久方ぶりに「普通の令嬢」らしい生活を送っている。
――はずなのだが。
「……なんだか、静かすぎるわね」
ふとした瞬間に胸にぽっかりと穴が開いたような不思議な気分になる。
なんとなく物足りないような感覚。
いや、認めるわけにはいかない。
あのお騒がせ勇者がいないせいで寂しがっているだなんて……。
きっと、長らく続いていた騒音公害がなくなって耳が慣れていないだけだ。
私は気を取り直すように紅茶を一口飲んだ。
しかし、思考はどうしても彼の方へと向いてしまう。
ライアス様は今頃、私たちの結婚資金……ではなく、領地の平和のために剣を振るっているはずだ。
それなのに婚約者である私は何もしないままで良いのだろうか?
私がこれまでダンジョン騒ぎでやってきたことと言えば――。
ライアス様の尻を適当に叩いて、甘いクッキーで餌付けして、あとは膝枕で甘やかして…。
「……あれ? 私、ペットの飼育係みたいなことしかしてなくない?」
いや、待って。シチューを作ったりはした。
でもそれだけだ。
英雄の妻になる身としてこれでは功が足りないのではないだろうか。
私にできること。クッキーにシチュー……。
そうだ、帰ってくるライアス様のためにとびきり滋養強壮に良い料理を作ろう!
彼は帰ってきたら、きっとまた「疲れた」「もう無理」と甘えてくるに決まっている。そこで私が栄養満点の料理を振る舞えば彼の体力も回復して私の株も上がりまさに一石二鳥!
思い立ったらすぐ行動。
私はティーカップを置き、足早に書斎へと向かった。
書棚から薬膳や食材に関する図鑑を片っ端から引っ張り出し、ページをめくる。
スタミナがつきそうで、かつ貴重な食材……。
「……これね」
私の指が止まったのは、『世界樹の根』と記された項目だ。
煎じて飲めば死人も走り出し、かじれば三日三晩戦い続けられるほどの活力がみなぎってくるという伝説の食材。
私は図鑑を抱えて、領地の地理や歴史に詳しい古株の執事のおじい様のところへ走った。
「世界樹の根でございますか? 地下深くに埋まっている大変希少なものですが……」
おじい様は目を細め、記憶の糸を手繰り寄せるように天井を仰いだ。
「そういえば以前この領地でも見つかったことがあると聞いたこともございますな。場所は…『魔王級ダンジョン』ができた辺りだったかと」
あの辺りはダンジョンが出現した際に地形が大きく変わっている。
以前は地下深くに眠っていた地層が地表近くまで押し上げられているはずだ。
今なら伝説の食材が手に入る可能性があるのではないか?
「ありがとうございます、おじい様!」
「お嬢様? どちらへ……?」
「ちょっとお散歩へ!」
私はドレスを脱ぎ捨て、動きやすい乗馬服に着替えた。
手には園芸用の頑丈なスコップ。
待っていてくださいね、ライアス様。
あなたが魔物を倒している間に、私はあなたの活力を支える『根っこ』を掘り当ててみせますから!




