13. 私はそんなにチョロくない
私の日常がふたたび崩壊した。
それは一通の新聞がもたらした衝撃によるものだった。
【勇者ライアス様、オリアナ王女殿下と電撃婚約へ!】
……は??
思わず手に持っていたティーカップを落としそうになった。
「世紀のカップル誕生!?」
意味が分からない。脳の処理が追いつかない。
ライアス様はシャンデリアになりたかったの?
あんなに嫌がってドナドナされていったのに、結局は光源としての自分を受け入れたということ?
それともあの天真爛漫な王女様と過ごすうちに「やっぱり王女様可愛いな、シャンデリアになってもいいかも」なんてぐっときちゃったの?
……いや、あり得ない。
あの王女様、ライアス様を人間扱いしていなかったじゃない。
「切れない最高の光源」って言っていたらしいじゃない。
そんな相手と恋愛に発展するなんて、恋愛小説だって匙を投げる難易度だ。
でも新聞に載っているということは、あちらで何かしらの合意があったということなの?
え、もしかして私、捨てられた?
あんなに「ハンナの膝枕じゃないと魔物と戦えない」なんて言っていたくせに、本場王都の「おもてなし」には勝てなかったの?
「……落ち着きなさい、ハンナ」
自分に言い聞かせるけれど、心臓がバクバクとうるさい。
一日中、同じことばかりをぐるぐると考えていた。
少し冷静になって考えてみれば、確かに国一番の英雄には一国の王女様という立場の方がお似合いに決まっている。
私なんて彼をクッキーで釣って働かせていた、ただの辺境伯令嬢にすぎない。
でも。
でも、あの暴走王女様のことだ。この記事を鵜呑みにするのもどうかと思う。
もしかすると今ごろライアス様は無理やりシャンデリアにされて、王城の天井に吊るされて「ハンナぁぁ……助けてぇ……」って泣いている可能性だってあるわ!
……いや、いくらなんでもそれはないか。勇者だし。
「……でもやっぱり放っておけないわ」
状況を確認すべきだ。
これが間違いなのか、それともライアス様の真実の選択なのか。
行こう、王都へ。
そしてもし本当にライアス様が私を捨てて王女様と結婚しようとしているのなら……。
その時は渾身の「ハンナパンチ」をお見舞いして、その綺麗な顔を歪ませてやるんだから!
私は王都への殴り込みを決意し、旅支度を整えることにした。
着替えを詰め込もうと、あの日以来ずっと鍵をかけていたクローゼットの扉に手をかける。
錠を外し、勢いよく扉を開けた。
その瞬間――。
ガタゴトッ、バタンッ!!
「ぐふっ……。あのおせっかいの女神めええぇぇぇぇ!」
クローゼットの中から、見覚えのある金髪の塊が叫び声を上げながら転がり出てきた!
「……ライアス、様?」
「うっ……。ただいま、ハンナ」
絨毯に突っ伏したのは、全身ボロボロで服のあちこちが斬り裂かれて血まみれになった勇者様だった。
私は一瞬で頭に血が上った。
「なんで!? 王都で王女様と婚約したんじゃなかったんですか!?」
「……断った。あんな記事、勝手に出されただけだよ」
「断った? だったらなんでそんなにボロボロなんですか!」
「……ちょっと、謁見の間で暴れて出てきた。結婚の承認だけはちゃんともらってきた」
「……」
非常識さに言葉を失う。
王宮の最高警備を突破して王の前で暴れて、挙句にクローゼットから戻ってきたというの?
安堵と、怒りと、得体の知れない感情が渦巻いて、私はライアス様の胸ぐらにつかみかかった。
「ライアス様、私、本気で怒ってるんですよ!」
「ご、ごめん。そうだよね、怒るよね」
「ええ、もうカンカンです!」
ライアス様は観念したように、狼狽した目で私を見上げた。
「ご、ごめんハンナ……。見ての通り、実はセーブポイント選べるんだ。君に会いたくて、ずっとここを選んでたんだ。……黙っててごめん」
「……そんな分かりきっていることで怒っているのではありません!」
「え? ……ええっ!?」
ライアス様が鳩が豆鉄砲を食ったような顔をする。
「そんなことは、とっくに知ってます! 以前、隣の領地に遠征に行くときに、あなた変なことを言っていたじゃないですか。『このクローゼットから帰ってきてもいい?』って」
ライアス様は碧眼を丸くした。
今までの言動を振り返る。
すると、彼は来るたびにお菓子をねだり、当たり前のようにベッドの下を陣取り、膝枕まで要求していた。
命からがら逃げてきたというよりは、まるで居心地の良い隠れ家にサボりに来るようなあの態度。
私の部屋を選んで転がり込んできたんだと確信したのだ。
そりゃあいくら鈍い私だって、あれだけヒントがあれば察する。
あまり私を見くびらないでもらいたい。私はそんなにチョロくないんですからね!
「怒らないの……? ずっと騙して部屋に侵入してたんだよ?」
「怒ってますけど、そのことでは怒っていません」
私は彼の汚れを拭うように、そっとその頬に手を添えた。
「だって……嬉しかったもの。世界で一番強くてどこにだって行ける人が、私のところへ帰ってきたいって思ってくれてたんだって」
ライアス様の瞳がじわりと潤んだ。
その宝石のような碧眼に、私の顔が映っている。
「……ハンナ」
「私が怒っているのは私を心配させたことです! 王都に連れて行かれたとき心配したのに、王女との婚約ニュースを聞いてさらに不安になったんですよ!?」
「……ごめん」
「シャンデリアにされて、一生会えなくなるかと思いました」
「……そんなことはありえないよ」
「王女様のほうが可愛くて、あっちを好きになっちゃったのかと思いました」
「……」
「……王女様のこと、好きになったんですか?」
「いや、僕はハンナだけの勇者になるって、王様の前で宣言してきた。承認ももらった。もう誰にも邪魔させない。僕は君と一緒にいたいんだ」
ライアス様は私の手を握りしめ、かつてないほど真剣な声で言った。
その真っ直ぐすぎる言葉に、私の胸の奥が熱くなる。
「もう、心配させないでください」
私は堪らなくなって、彼の首に腕を回して抱きしめた。
「ごめんね。もう絶対に、心配させない」
「……それだけ、ですか?」
「え?」
「王都からわざわざ帰ってきて、王女様の婚約を蹴って。挙句の果てに私に言うことが『ごめん』だけですか?」
私が腕の中でじっと彼を見つめると、ライアス様の耳がみるみるうちに赤くなっていった。
普段の余裕はどこへやら、彼はパクパクと口を動かし、やがて絞り出すような声で囁いた。
「……愛している、ハンナ」
彼が意を決して囁いた声に、私は満足げに頷いた。
「よろしい。帰ってきたから、許してあげます。――おかえりなさい、ライアス様」
ライアス様も、折れそうなほど強く私を抱きしめ返してきた。
ボロボロの英雄が私の腕の中で安堵のため息を吐く。
「ただいま、ハンナ。……ただいま」
私は彼の広い背中をぽんぽんと叩きながら、ふと思い出して、悪戯っぽく微笑んだ。
「……そういえば、言い忘れていたことがありましたね」
「……?」
私は少しだけ体を離し、彼を上から覗き込む。
新聞を見て感じていた不安をすべて晴らしてくれた、バカで真っ直ぐな私の勇者様。
「……ふふ。ボロボロで、血まみれで。でも、世界で一番かっこいいですよ、私の勇者様」
本作はひとまず完結とさせていただきます。
最後までお読みいただきありがとうございました!
ハンナとライアスの物語はここで一区切り。二人がこの先どんな騒がしい日々を送るのか、想像していただけたら幸いです。
とはいえ、作者としても思い入れのある作品の一つです。
どうしても書きたくなったりしたらまた戻ってきます。
さて、本作は書籍化が控えておりますが、主にライアス視点のエピソードを追加する予定です。彼がダンジョンをどう攻略したのか、謁見の間で何をやらかしたのか。そういった裏話を膨らませようと思っています。
詳細が決まり次第、活動報告にてお知らせいたします。
興味がある方はぜひよろしくお願いします。
それでは、またどこかでお会いできることを願って。




