12. 真面目に付き合ってやるつもりもない
◇ ライアス視点 二 ◇
そして数日後の夜。
僕の嫌な予感は最悪の形で的中することになった。
体の発光がようやく終わって普通の人間に戻った僕は、これでやっと解放されると安堵していた。
ロックの手続きも終わった頃だろう。もうすぐハンナの元へ帰れるはずだ。
そう思って部屋でくつろいでいた時のことだ。
血相を変えたロックが一枚の新聞を手に飛び込んできた。
「た、大変ですライアス様!」
「どうしたの、そんなに慌てて。まさか結婚の承認が下りないとか?」
「これを見てください!」
突きつけられた新聞紙。
そこにはデカデカと、信じられない見出しが躍っていた。
『国の英雄と王家の華、世紀のカップル誕生!?』
『勇者ライアス様、オリアナ王女殿下と電撃婚約へ!』
「……は?」
僕はひっくり返りそうになった。
「なんだって結婚の承認をもらいに王都に来たら、王女と婚約する発表がされているんだよ」
僕は呆れ果てて、手の中にある新聞をひらひらと振ってみせた。
『世紀のカップル誕生』なんて、悪い冗談としか思えない見出しだ。
目の前でロックが深々と頭を下げていた。
いつも淡々としているロックにしては珍しく顔色が悪い。
「すぐに王女様に詰め寄ったのですが、悪びれもせずにこう仰るのです。『だって勇者様、ここに来る馬車の中で「結婚の承認」がどうとか言ってたじゃない! つまり結婚したくてたまらないのよ!』と」
……微妙な部分だけ切り取って覚えていたな。
あの王女のポジティブすぎる脳内変換がまた炸裂したのか。
「それで?」
「『麗しの私が結婚してあげたら勇者様はきっと嬉しさのあまり、またあの綺麗な七色の光を放ち始めるはずよ!』……と」
頭が痛い。
こめかみを押さえたくなるような理論だ。
彼女にとって僕との婚約は『高性能なシャンデリアの修理』と同じ意味合いらしい。
僕をハッピーにしてまた光らせて、城の天井に吊るす。
そのための手段が自分との結婚だと?
魔王級ダンジョンのトラップよりも理不尽じゃないか?
殺意がない分、彼女の行動の方がトラップの場所より読めない。
「しかし、そんな王女様の暴走を止められなかったのか? 君、さすがにちょっとへなちょこすぎないか?」
僕がジト目で睨むと、ロックは「うぐっ」と言葉を詰まらせた。
「……返す言葉もございません。ですが本来であれば王女様の独断だけでここまで話が早く進むはずがないのです」
「ふうん?」
「おそらくですが……王女様の婚約を利用して、宮廷内での権力を増そうと画策している『貴族派』の連中が裏で……」
ロックが苦々しい顔で始めた説明を、僕は手で制した。
「アホな王女が画策しただろうが、裏で糸を引く誰かがいることぐらい分かっている」
僕はそう言うと、部屋の隅に立てかけてあった聖剣を手に取った。
「だが、そんな政治的なものに真面目に付き合ってやるつもりもない」
聖剣のずしりとした重みが掌に馴染む。
僕の行動を見て、ロックが顔色を変えた。
「な、どうするおつもりですか!?」
「決まっているだろう。この国の『トップ』は今日も謁見の間におられるんだろう?」
僕は聖剣を担ぎ、扉の方へと歩き出す。
「ちょっと撤回してもらいに行こうと思ってね」
「聖剣を持って……!? まさか強引に押し入るつもりですか!? そんなこと、いくら勇者様でも……」
「『魔王級ダンジョン』を攻略した勇者ができないと思うか? 僕は出来ると思っているが」
僕は振り返り、ロックを見た。
その瞬間、彼が息を呑む音が聞こえた。
僕が本気だと悟ったようだ。
彼は震える唇を開き、それでも騎士としての責務を果たそうと声を絞り出した。
「……せめて、私の同僚たちを殺めることがないようにして頂きたく……」
「……」
「できるだけ人の少ない、裏の通路をご案内致します」
深々と頭を下げるその姿に、僕は少しだけ意識を緩めた。
へなちょこな騎士だと思っていたが、仲間を守る気概はあるらしい。
僕はふっと口元を緩めた。
「ごめん。少し怖がらせてしまったね」
聖剣の柄から手を離し、僕はいつもの調子で肩をすくめる。
「血を流すのはハンナも嫌がりそうだから。配慮するつもりだよ」
ハンナはきっと怪我をした人を心配して悲しむだろう。
彼女を悲しませるのは僕としても避けたかった。
僕の言葉を聞いて、ロックは大きく安堵の息を吐く。
「……ありがとうございます。では、こちらへ。人っ子一人通らない隠し通路があります」
「頼むよ、ロック。最短で終わらせよう」
僕は案内役を買って出たロックの背中を叩き、歩き出した。
ロックが案内してくれたのは人通りが少ない、城の裏側を縫うような通路だった。
石造りの冷たい壁が続く薄暗い廊下を僕たちの足音だけが響く。
誰ともすれ違わないのは好都合だ。
しばらくすると、先導していたロックが足を止め、緊張に強張った顔で振り返った。
「この角を曲がると、謁見の間に続く大回廊に出ます。そこは近衛騎士団の精鋭たちが守る区画です」
「ありがとう。君はここで待っていてくれ。ここから先は僕一人で行く」
僕の後ろをついてくれば、彼まで反逆罪に問われかねない。
彼は優秀な事務官…ではなく、騎士だ。
その後の結婚手続きもスムーズに進めてくれるだろう。
「……承知いたしました。ご武運を」
ロックが深く頭を下げるのを背に受け、僕は角を曲がった。




