11. 『国の光』としての自覚が足りない
◇ ライアス視点 一 ◇
「は? 僕がシャンデリア?」
目の前に座る第三王女オリアナ殿下は、僕の驚愕などどこ吹く風で目をキラキラと輝かせながら言った。
「そうよ! それだけ色とりどりに光っているんですもの。夜会の会場、特に天井の高いメインホールに吊るせば最高に幻想的な目玉になると思わない?」
この王女様、正気か?
僕は呆然として、自分の体を見下ろした。
確かに今の僕はハンナ特製ハンバーグの効果で七色に発光している。
だが、だからといって「じゃあ吊るしましょう」という発想になるだろうか?
人間だぞ? 仮にも国の英雄だぞ?
僕が言葉を失っていると馬車の窓の外から蹄の音が近づいてきた。
窓から顔を覗かせたのは護衛騎士のロックだ。
「おい、へなちょこ騎士」
「……ロックです、勇者様」
「この王女様、正気か? 僕をシャンデリアにするとか言い出してるんだけど」
僕が真顔で尋ねると、ロックは深いため息をついた。
その顔には長年わがままな王女様に振り回されてきた哀愁が漂っている。
「……ご安心ください。何度も止めましたし、物理的に勇者様を天井に吊るすような暴挙はさせません」
「何よ二人して! 聞こえているわよ!」
王女がぷりぷりと怒っているが、僕たちは無視して会話を続ける。
「本当に光っていて、私も最初に見たときは『これは面倒なことになる』と焦ったんですよ……」
ロックは眩しそうに目を細めて僕を見た。
「……まあ、光っていたのは僕も不本意だけどさ。ハンナの手料理が効きすぎただけだ」
「ですが王女殿下の強引な手口はともかく、辺境領から帰還されないことでライアス様が再起不能に陥ったという噂が流れていました」
なるほど。
表舞台に死亡説や重体説が流れてもおかしくはない。
ロックは僕を見て続けた。
「勇者の安否を確認する調査隊を辺境へ派遣する話が出ていたほどです。一度元気な姿を王都で見せていただいた方が良かったのは事実なのです」
ロックの言葉はもっともだ。
それに。
「まあいいか。どうせ僕もハンナとの結婚の承認を得に行かなければならなかったし。ついでだと思えば」
「結婚の承認、ですね」
ロックは馬上で頷いた。
「承知しました。王都に着いたら私の方で結婚承認の手続きを最優先で進めます。書類仕事は私の領分ですので」
「本当か? へなちょこにしては気が利くじゃないか」
「……ロックです。その代わり、オリアナ王女殿下のお相手をお願いしますよ」
ロックはちらりと馬車の中で不満げに頬を膨らませている王女を見た。
「オリアナ王女殿下。私が手続きをしている間、ライアス様を王都でおもてなししてあげてください」
その言葉に、オリアナ王女がパチクリと目を瞬かせた。
「おもてなし……?」
彼女は数秒考え込み、やがて何かを閃いたようにポンと手を打った。
「なるほど! つまり、勇者様に夜会の華となっていただけるよう交渉しろ、ということね!」
「……」
ロックは聞こえないふりをして僕に視線を戻した。
「……では、よろしくお願いしますよ」
そう言い残すと、彼は逃げるように馬の速度を上げ、馬車の窓から離れていった。
……あれ?
なんか今、面倒なものを押し付けられなかったか?
目を爛々と輝かせた王女様が言う。
「よろしくね、勇者様! 絶対にシャンデリアになってもらうんだから!」
オリアナ王女は身を乗り出し、眩しそうに目を細めながら僕に握手を求めてきた。
その顔に悪意はない。
ただ純粋に僕を「光源」として高く評価している様子だ。
悪い子ではないのだろうが……。
はぁ……。
早くハンナの元へ帰りたい。
王城での生活は物質的には最高だった。
だが精神的には空虚だった。
オリアナ王女の「おもてなし」への気合の入り方は尋常ではなかった。
目の前には朝から晩まで王室料理長が腕によりをかけたフルコース。
選りすぐりの美女がお酌してくる。
普通の男なら――例えばあのキイゲモッハとかいう好色オヤジであれば、ここは天国なのかもしれない。
だがそんな日々でも、常にハンナの顔が脳裏に浮かぶ。
僕の心はここにはない。
僕の心は辺境の屋敷に置いてきてしまったようだ。
そんな生活が数日続き、当然の結果として僕の体に異変が起きる。
「ねえ、勇者様。日に日に光が弱くなっていくわよ?」
夕食の席でオリアナ王女が不満げに声を上げた。
確かに僕の体から放たれる光は到着した当時に比べて明らかに彩度を失っていた。
最初は直視できないほどの輝きだったのが、今では「ちょっと明るい部屋のランプ」程度に落ち着いている。
「あなた、『国の光』としての自覚が足りないんじゃなくて?」
「自覚って……」
普通に聞けば、怠ける勇者に発破をかける王女のセリフだ。
だが、この王女様はきっと物理的に光が弱まっていることに不満を述べているだけだろう。
僕は苦笑した。
「あの光はハンナの手料理の効果で……」
「あら、ハンナって辺境伯の娘さん? あの子を連れてくれば光を取り戻すの?」
事情を説明しようとも思ったが、僕は口をつぐんだ。
この暴走王女のことだ。「じゃあハンナを王都に連れてきて城の厨房で毎日料理を作らせましょう!」とか言い出しかねない。
ハンナに迷惑がかかるような提案をしてくる未来しか見えなかった。
僕は「いや、そういうわけじゃ……」という歯切れの悪いことを言って誤魔化すしかなかった。
「それにフルコースを前にして『ハンナ……』って呟いて遠い目をしていたわよね」
「えっ」
「その時に光がフシュゥ……って弱まったのよ」
……聞かれていたのか。
さすがに少し恥ずかしくなる。
無意識のうちにハンナの名前を口にしていたとは。
「それにハンナがどうとかロックと何やら話していたわね……。そうだわ!」
突然、王女様がポンと手を打ち、顔を輝かせた。
「そういうことだったのね! 私、名案を思いつきましたわ!」
そう言った王女様はドレスの裾を翻し、どこかへ駆け出していこうとする。
「ちょ、どこへ行くんですか?」
「秘密よ! でも安心して、これであなたも輝きを取り戻すはずだから!」
彼女は嵐のように去っていった。
……嫌な予感しかしない。
あの王女の「名案」はきっとろくでもない。
ハンナとの結婚承認を早めてくれるようなことは期待できないだろう。
ハンナを呼び出すとか言い出さないだろうか。
だが、とりなそうとしても事態が悪化する気がしてならない。
この調子で僕が光らなくなったら王女様もシャンデリア計画をあきらめてくれると信じたい。




