10. 自分たちの主人は『チョロい』
父は王女殿下を応接間へと案内した。
「さあオリアナ殿下。立ち話もなんですし、まずは奥へ……」
「ええそうね。お茶の一杯くらいはいただこうかしら!」
オリアナ様はドレスの裾を翻し、我が物顔で廊下を進んでいく。
あとに残されたのは私と発光するライアス様、そして取り残された護衛騎士のロック様だけだった。
ふと見ると、ロック様が目をシパシパさせている。
私は慣れてしまったが、初対面の人には結構な光量だろう。
私はライアス様に耳打ちする。
「ライアス様、申し訳ないのですが少し離れていただけますか? ロック様が眩しそうにされていますので」
私がそう頼むと、ライアス様の表情が曇った。
「……僕がその男のために?」
「お客様ですから。お願いします」
ライアス様は不満げに唇を尖らせたが、私の頼みには逆らえないらしい。
「……分かったよ。君の部屋のソファで寝とくよ」
彼はしぶしぶといった様子で、廊下の曲がり角の方へと歩いていった。
「……はぁ」
ライアス様の背中を見送っていると、ロック様が深くため息をついた。
「申し訳ありません、ハンナ嬢。騒がしくしてしまって」
「いえ、お気になさらず。王女様がいらっしゃると聞いて驚きましたが……とても活力のある方ですね」
私が精一杯のオブラートに包んだ表現をすると、ロック様は力なく苦笑した。
「本来であれば事前に書状を送り、日程を調整するのが筋なのですが……。王女様が『今すぐ行くわよ!』と馬車に飛び乗られてしまいまして」
「止められなかったのですか?」
「止めました。三度ほど。物理的にも、論理的にも」
ロック様は遠い目をした。
「普段は『王都の薔薇園で素敵なスイーツでも食べませんか』と言えば気を逸らせるんですが、今回は意志が固く……」
「お菓子で釣れるのですか?」
「ええ。単純と言いますか、素直と言いますか……」
ロック様が肩をすくめる。
その言葉を聞いた瞬間、私の脳裏に「ある人物」の顔が浮かぶ。
そう、お菓子一つで魔王討伐に行き、「カッコいい」と言われれば奔走する婚約者の顔だ。
私は思わず口元が緩んだ。
「……ライアス様も似たようなものです」
「え?」
ロック様が意外そうに目を瞬かせる。
「お菓子を見せれば動きますし、『カッコいい』と言えば大抵のことはやってくれます」
「勇者殿がですか? 王都ではむしろ冷静なイメージでしたが」
「はい。先日は『膝枕してくれないと魔物と戦えない』と駄々をこねていました」
私が暴露すると、ロック様は信じられないものを見るような目をした。
そして、ふっと口元を緩め、やがて肩を震わせて笑い出した。
「……ふふっ、意外な一面を知ることができました」
「王女様は……意外でもありませんね」
私たちは顔を見合わせて、くすくすと笑い合った。
言葉にはしなかったけれど、お互いの胸中には同じ言葉が浮かんでいたはずだ。
――自分たちの主人は『チョロい』と。
手のかかる主人を持つもの同士、奇妙な連帯感が生まれた瞬間だった。
だが。
「……ハンナ」
低い声がした。
ビクリとして振り向くと、廊下の曲がり角からライアス様が戻ってきていた。
「そのへなちょこな騎士と、随分楽しそうだね」
「へなちょことはなんですか! ロック様に失礼でしょう!」
私が叱るが、ライアス様は気にせずロック様を睨みつけている。
「……そうだよね、最近怠けすぎてた。ハンナも呆れてるからそんな変な男と話すんでしょ」
へなちょことか変な男とか、なんだかライアス様のロック様への当たりが強い。
ロック様は苦笑いで両手を上げ、降参のポーズをとっている。
「勇者殿。私はただハンナ嬢と主人の扱いについて情報交換を……」
「いいよ、何を話していたかは。楽しそうに話していたのは事実でしょ。」
ライアス様は聞く耳を持たない。
そして私に向き直ると、決意を秘めた瞳で宣言した。
「分かった。今すぐ王都に行って承認もらってくる!」
「えっ?」
「そうすれば君は正式に僕のものだ。こんな男と仲良くする必要もなくなる!」
彼の瞳は本気だった。
結婚の承認。それはいずれ必要だったものだ。私たちが正式な夫婦になるための最後のピース。
それを今すぐ取りに行くと言う。
その時だった。
「まあ! 王都に行く気になったのね!」
バンッ!!
応接間の扉が勢いよく開かれ、オリアナ王女が飛び出してきた。
「え、オリアナ様?」
父との会談はどうなったのだろうか。
王女様は目をキラキラと輝かせ、ライアス様の手をガシッと掴んだ。
「ライアス様が王都に行くのでしょう? ちょうど良いわ、一緒に帰りましょう!」
「え? いや、僕はハンナと……」
「馬車は待たせてあるわ! 善は急げよ! さあ!」
オリアナ様の行動力は台風のようだった。
嫌がるライアス様を凄まじい力で引きずっていく。
「ちょっと、離して! 僕はハンナに……!」
ズルズルと引きずられていく勇者様。
「あ、ライアス様!」
私が手を伸ばすよりも早く、二人は玄関を飛び出していった。
そして、待機していた王家の馬車に押し込まれる。
「出しなさいっ!」
オリアナ様の号令と共に、御者が鞭を振るう。
ヒヒーン! と馬がいななき、馬車が急発進した。
窓から七色の光が漏れている。ドナドナされる子牛のようにライアス様が連れ去られていく。
「ああっ、オリアナ様! お待ちください!」
ロック様が顔面蒼白で叫んだ。
「なんてタイミングが悪い……。でも、ライアス様には一度王都に帰ってもらうべきだったのは事実。すぐに解放しますので……!」
ロック様は繋いであった自分の馬に飛び乗ると、馬車を追って駆け去っていった。
嵐が去った後の玄関ホール。私は呆気にとられて、馬車が消えた方向を見つめるしかなかった。
「行っちゃった……」
あまりの急展開に頭が追いつかない。
ライアス様は「王都に行って承認をもらってくる」と言っていた。
それは嬉しいことだ。
それに、王都側もライアス様に戻ってきてほしかったのだろう。ロック様もそう言っていた。
「王城では何かしらが起こっているらしいし、仕方ないわよね……」
私は自分に言い聞かせるように呟き、小さくため息をついた。
私が追いかけていっても、足手まといになるだけかもしれない。
それにライアス様のことだ。用事が済めば、また非常識なスピードで走って帰ってくるに違いない。
けれど。
ふと、一抹の不安が胸をよぎる。
相手は王女様だ。
天真爛漫で行動力があって可愛らしい方だった。
そしてライアス様はチョロい。
もし王都までの道中や王城での問題を解決する間に二人が仲を深めてしまったら?
吊り橋効果という言葉もある。
危機を共に乗り越えた男女が恋に落ちるなんて物語の王道だ。
相手は一国の王女。片やライアス様は英雄。
お似合いのカップルだ。
それに比べて私は辺境伯の娘で、彼を甘やかしているだけの女。
「……帰ってこなかったら、どうしよう」
ずんと心が沈む。
ネガティブな想像が膨らんでいく。
その時、背後から足音がした。
「心配ないぞ、ハンナ」
振り返ると父が立っていた。
いつの間にか応接間から出てきていたらしい。
その表情はなんというか……深い憐れみを湛えたような、複雑な顔をしていた。
「お父様……」
「オリアナ王女とライアス様が仲を深めることはない。断言できる」
「なんでですか? あんなにお綺麗な方ですし、ライアス様だって満更でもないかも……」
「オリアナ王女がなぜライアス様を欲しているか分かるか?」
父の問いかけに、私は首を傾げた。
「え? うーん……王都に強力な魔物が出たとか、隣国の刺客がいるとか……そういう国家的な危機ではないのですか?」
父は遠い目をして天井を仰いだ。
そして先ほどの会談で聞いたであろう王女の言葉を淡々と復唱した。
「『城のメインホールの照明が壊れてしまったのよ! 夜会も近いのに!』」
「……はい?」
予想外の言葉に私の思考が停止する。
「『だからお父様が「国の光だ」と言った勇者様を連れてくれば良いんだって閃いたのよ!』」
父は私を真っ直ぐに見た。
「『あの七色に光る勇者をシャンデリアに吊るして飾れば、永遠に切れない最高の光源になるじゃない! 色も変わって幻想的だし!』……だそうだ」
「…………は?」
シャンデリア?
光源?
ライアス様が?
「王女殿下はライアス様を人間として見ているのではない。『便利な発光体』あるいは『高級インテリア』として連れ帰ったのだ」
父の言葉を聞いて思う。私の心配は杞憂だった、と。
オリアナ様にとってライアス様は男性として魅力的とか、英雄として頼もしいとか、そういう次元の話ではなかった。
ただの『ランプ』扱いである。
私は胸を撫で下ろすと同時に、王都へとドナドナされていった婚約者に深い同情を覚えた。
ペット扱いどころか、動物扱いですらない。
頑張ってください、ライアス様……。
私は王都の方角に向かって、そっと手を合わせた。




