弐
歯ブラシを咥えながら、今日も、憂鬱な仕事の始まり。
仕事に行かなくては、自分のぼやけた鏡に映った顔。
自分を見ながら、いやでも今日の仕事の段取りを鏡の自分とせめぎ合いながら、歯ブラシを機械のように上下左右、前後ろと擦りその間も、癖のように蛇口から、もったいないくらいの水を出しっぱなしにしている。
蛇口の下に置いているコップは、その許容量以上の水をあふれ出させていた。
洗面台は、水浸しとなっている。
独身からの癖みたいなものだ。
そうしているうちに台所付近から、水の出しっぱなしを、注意する彼女の叱責が聞こえた。
半分不機嫌となって、蛇口を閉め、今まで吐水口から勢いよく水が吐き出されていた水の音がピタリと止んだ。
朝だというのに、不気味な位の静けさとなった、付けっぱなしの、時計代わりのいつもの朝のTV番組の音声さえ聞こえてこない。
そんなにうるさい位、耳の聞こえが水の音で被さる位、水の音を出していたのだろうか、と。
歯ブラシの動きを止め少し耳を澄ませた。
音が少しもしない、慌てて、テレビのある居間に小走りで向かった、途中、キッチン台所を通るのだが今はTVだ、時間も気になる。
音量がミュート状態になっていた。
何だ。
そりゃあ音は出ないだろうと、ふと。
台所キッチンの方が視界の隅に入ったので、彼女の居るはずの方向に目を向けた。
思わず、咥えていた歯ブラシを落とし叫びそうになった。
ライトの点いていない漆黒の台所で、ボウと長い黒髪の女が立っていた。
叫び声の代わりに口の中に溜めていた歯磨き粉を飲んでしまった。
思わず、飲んだものを嗚咽しながら洗面所に駆けだした。
玄関の方から、大丈夫?と彼女の声。
洗面台に吐き出しながら、蛇口から水を出し洗い流していると、そう聞こえた。
台所キッチンに居たのでは?と問うと、今ゴミ出しから帰ってきたところと。
玄関からの返事。
水の滴りが少し、洗面所に違和感と共にまた少し広がっていった。
目を通して下さり誠にありがとうございます。