拾
水面を水中から見たらこんな感じなのか、と消えゆく意識の中で、ぼんやりみていた。
手にはいつからだろうか、赤い糸でぐるぐる巻きににした人形を握っていた。
なぜ、ぼくは、彼女をこんなにも愛していたのに、彼女の生活を全て知っているのに、彼女はぼくを愛しているはずだ、そうだ、だから振り向いてくれない彼女を振り向かせるため色々してきた、部屋の中全てが僕なのだ、この部屋で、ズッとズッと彼女を見ていよう。
漂う水の中で、ぼんやりそう考えながら、やがて、その意識はプツリと途切れた。
先輩、いいかげん警察でもないのに、入ってこないでください。
規制線のテープを潜り、我が物顔で入ってきた、その先輩と呼ばれた男。
その探偵はその声を聞いていない素振りで、片手をヒラヒラとその刑事に示し。
彼女の話を最後まで聞いていた。
メモの手を止め、ICレコーダーをストップし、じゃあ全くこの男とは面識がないと。
と、繰り返すと、女性は何度も頷いた、恐怖で声も出さずに。
当然だ、帰ってきたら見ず知らずの男が浴槽で溺死していたら、大抵恐怖に慄くだろう。
赤い糸でぐるぐる巻きにした人形を握り締めて。
盛り塩を浴室の角に置いていた。
呪術か何かか。
ぽつりと一人鬼ごっこ、ですかね。
刑事、後輩の刑事は言った。
まさか都市伝説の、ともう一人の警官が言った。
呪い、祟りをバカにするもんじゃない、探偵はその警官を戒めた。
人の怨念は・・・。と言いかけた時。
ご遺体を運びます、と鑑識係が入ってきた。
運び出されたその男を見て。
おい、このご遺体の握っていた人形はどうした、と、探偵。
え、証拠品として、持って行ったのでは。と、刑事。
誰が?と鑑識係。
刑事も、探偵も、恐らくそこに居る誰もが知らないでいた。
点々と水の滴りの跡が浴室の外、部屋の外、玄関まで続いていてそこからぷっつり途切れていたことに。
その事を誰も知らないでいた。 了
拙作に目を通して下さり、誠にありがとうございました。