壱
トイレから水を流す音が。
小なんだろう、短めの水洗の音が。
水の流れる音が。
上水の管を水が押し流され、タンクの中にその上水がコポコポと溜まりつつ、タンクにあった水が一斉に押し出し汚水を、汚水管の中に押し込める、低い音。
そうしているうちに、上水が手洗いの吐水口から最初は勢いよく、やがて、その勢いは、下のタンクにあるフロートが、その水の量を制限し、やがて止まるまで。
その勢いを徐々に弱め、そして、水で一杯になったタンクが音も無く、無音となった。
今まで、その騒がしい、特に真夜中ともなるとその一連の音は、この世で一番大きいのではないかと思われるくらいの大音量を。
そして、まるで、無かったかのように、嘘だったかのように静寂となる。
中々、出てこない、扉の開閉音がしない、水が出た後の静寂が、タオルの擦る音、スリッパの足音、いずれも音が聞こえない。トイレで寝ているのか。
まさか、と思い、倒れているのではと思い、ベットの布団を跳ね上げ飛び降り、トイレに駆け付けた。
いない。
スリッパはちゃんと並んでいる、彼女の癖だ。
出て行っている、知らない間に台所か、洗面所に行ったのか。
狭い家だ、すれ違うはずだ。
一巡見て回りに戻ると、後ずさりするくらい驚いた。
ベッドに彼女が戻っている、こちらに背を向け、その長い黒髪が布団から飛び出ていて。
すでに眠るに落ちている様で、規則正しく、かすかに被っている布団が上下していた。
少し、小さなため息をして、彼女を見て吃驚するなんて。
いつも見慣れているはずなのに、と。
自分を諫めるほどではないが、彼女に対し驚いて申し訳ない気持ちになっていた。
少しの違和感が水のしたたりの様に心にあった。
が、それは気のせいだと布団に潜りながら自分に言い聞かせた。
目を通して下さりありがとうございます。