大切なこと
「依頼は殺すではなく、解決するってことで受けますが問題ないですか?」
「はい、それでお願いします。」
それからというものの、私は十文字星乃を密かに尾行した。彼女がいう『もう1人の自分』を見てみないことにはなんとも言えないからだ。
それから数日経った日のこと、ついにそいつは姿を現した。公園で遊んでいた子どもを路地裏に連れ去り、今まさに殴り倒そうとしていた。
私は木刀に霊力を纏わせ、背後から斬り掛かった。すると、彼女はこちらの動きがわかっていたかのように避けてみせた。
「おや、バレていたか。君は誰だい?」
「あら、知っているでしょう?十文字星乃ですよ。」
「いや、違うよ。君からは妖力が溢れ出ている。それで怪異じゃなかったらなんだっていうんだい?」
「はは、さすがにわかるよね。探偵というだけのことはある。」
彼女の声は次第にガサガサとした声へと変わっていった。
「君は人に取り憑く怪異だろう?何が目的だ?」
「そうだなぁ、知ったところでもう遅いし、特別に教えてやろう。
我々は人間に取り憑くことで生命力を奪う。しかし、生命力を奪うには宿主の精神が擦れ切れていく必要がある。だから、宿主の意思にそぐわない行動をしているというわけさ。」
「そういうことか…、もう遅いとはどういうことだ?」
「そのままの意味さ、こいつの生命力はほとんど残っていない。仮に俺を追い出せたとしてもそのまま衰弱死ってわけだ。ハッハッハッハ!」
「なっ!」
「せっかくだから、こいつの声を聞かせてやろうか。
………、あ、風華さん。私のことはいいです、私の中にいるこいつを殺してください。私ごとで構いませんから…。」
「十文字さん……。」
「ははっ、自己犠牲とは健気だねぇ。
どうせこの女には俺を殺せないというの……、に…?」
「誰がお前を殺せないって?どうにかして彼女を救いたかったが、もう遅いというのなら仕方がない。お前だけでも消す。いや、もう死んでいるから聞こえていないか。」
私は薙ぎ払った木刀をしまい、崩れ落ちた彼女の元へと駆け寄った。
「十文字さん、聞こえますか?」
「風華さん、ありがとう…ございました…。
これで、もう誰も…傷つけ…なくて…すむ…。」
私は、そのまま動かなくなった彼女をしばらくの間抱きしめていた。気がつけば、私の頬には熱く流れるものがあった。そして、そこからは堰を切ったかのように涙が溢れてきた。
別に親しい人というわけでもない。しかし、自分を頼ってきた人を救うことができなかった悔しさ、そして自分の未熟さに憤りを感じていた。
次はもうない…、2度と死なせない。もう誰も死なせないため私は決意を新たにしたのだった。
「…とまぁ、こんな感じかな?
今では、取り憑いた怪異を剥がした後に衰弱しないような技も覚えたよ。」
「雫さん、なんかすみませんでした。
暇だからで聞くような話ではなかったですよね…。」
「私が話し出したんだから構わないよ。
まぁ、とりあえず君のことは私が必ず守るから安心してくれたまえ。」
「はい、ありがとうございます。」
これからも誰かを守るために頑張ろうと思う。あの頃は少し調子に乗っていた。十文字さん、君のおかげで私は大事なことを教わったよ。




