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第8話

 ウェルキエル帝国学院、学院長室。


「なぜ、なぜなのですか。学院長!」


 執務机を激しく両手で叩き、激昂しながら声を荒らげる男の姿があった。男の名はベレス・ラシアイム。長年にわたりウェルキエル帝国学院に籍を置く硬派な教師である。


「なぜ、と言われてもねぇ……」


 対する学院長は好々爺然とした態度を崩さずに続けて口を開いた。


「彼の出向は帝国陸軍からの正式な軍令なのだよ?」

「そんなことは私とて承知しております! ですがこの女には何の価値もないでしょう!」


 ベレスは机の上に置かれた一枚の資料を睨み付ける。そこにはニーナ・アグラシアの仔細な情報が書き連ねてあった。


「よりによって【無能力者(ノーネーム)】の特別推薦を認めるなど、我が学院の恥さらしです!」


 魔導適正さえあれば誰もが異能力を宿して生まれてくるこの世界において、魔導適正を持ちながら何の能力も発現しなかった者を【無能力者】と呼ぶ。ニーナ・アグラシアは数少ない【無能力者】のうちの一人だった。常人は生まれながらにしてマナとリンクする素養を持たないため、接続回路の励起を正常に行えず異能が発現しない。


 だがニーナの場合はマナとリンクする素養はあるものの、接続回路を体内に有していないことが【無能力者】である理由だった。そのため、幼少期に行った疑似接続回路を埋め込む手術によりASSの使用を可能にしているのだ。


 異能力に関しては後天的に授かるものではないため発現しなかったが、好都合な部分もある。それがASSの複数展開だ。基本的に異能力とASSを併用する際は、接続回路の混線を避けるため単一のASSしか展開できない。


 しかしニーナは混線によるASSの暴発を気にすることなく、複数展開することが可能になった。セヴラールがニーナをどんな武器でも扱えるよう訓練したのはこれが理由でもある。異能力に頼れない少女の、唯一のアドバンテージ。


「そうは言ってもねぇ。彼女の実力は折り紙付きだよ? しかも陸軍上層部は今、一刻も早い戦力の確保を求めている。成績上位者ならば下層の生徒でも構わず最前線に投入する始末だ。我々も外聞を気にしてはいられ……」

「学院長!」


 強い口調で学院長の言葉を遮り、ベレスは再び執務机を激しく叩く。直後、自身の腕を押さえてベレスは小さく呻いた。入学試験からすでに二か月以上経過するというのに、いまだ腕には違和感が残っている。


 学校医の手当のおかげでユーフィアに切り落とされた腕は繋がり、日常生活に支障はないものの傷つけられたプライドまではそう簡単に治らない。相手がフォーマルハウト家の一人娘でさえなかったならば何らかの手段で不合格を通知していたことだろう。


「私は断じて認めません! あんな出来損ないは今学期の中間試験で脱落するに決まっていますからね!」


 そんな捨て台詞を残し、ベレスは学院長室を後にするべく背を向ける。その後ろ姿に向かって学院長はため息をつきつつ口を開いた。


「ベレス君、そういえば()との交渉はうまく進んでいるのかい? 噂では随分渋られていると聞いたが……」

「無論、問題ありません」


 一度足を止めて振り返ったベレスは余裕の態度で大きく頷いて見せる。


「そもそもあそこは学院の所有物のはず。ただの学生風情に占拠する資格はないでしょう! なぜ強制退去させないのですか?」

「確かに君の言い分は最もだ。けれどここはウェルキエル帝国学院。力がすべての学院なんだよ。この意味が分かるね?」

「……はい」


 つまり自分の要求を通したければ、相手を力づくでねじ伏せなければならないということだ。それができないならば、たとえ相手が生徒であろうと逆らえない。今まで教員としての権力を振りかざして好き放題していたベレスは、初めて現れたそれが通用しない相手を思い出して歯噛みする。


「あと一週間で彼を頷かせてくれたまえ。それ以上は待ってあげられないよ。君の提案した大規模な試験を執り行うには、それ相応の準備期間が必要だからね」

「かしこまりました。では、私はこれで失礼いたします」


 学院長の忠告を最後通牒として受け取ったベレスは素直に頷き、今度こそ学院長室を後にする。徐々に遠ざかっていく靴音を聞きながら、学院長は手元の写真に視線を落とした。そこには事前に帝国陸軍参謀本部が目をつけていた異端の天才児が、不服そうな表情で写っている。


「次の中間試験では、噂以上の活躍を期待しているよ。ニーナ・アグラシア君」

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