第6話
ウェルキエル帝国学院上層フロア、空き教室にて。
「随分と遅かったな、アグラシア。俺の機嫌を損ねて、そこの娘共々死にたいのか?」
二人は開口一番に物騒な言葉を投げかける黒衣の男と対峙していた。と言っても男は自身の手元にのみ集中しているため、二人の顔などろくに見ていない。セヴラールはインクの匂いがかすかに漂う空き教室に、一歩足を踏み入れた。
「しょうがねぇだろ、授業があるんだから。お前だって、この時期は論文の執筆で忙しいんじゃないのか?」
「学会に提出する論文なら今終わったぞ。これで、しばらくは自由だ。俺が言いたいことがわかるか、アグラシア」
男は座っていた椅子から立ち上がるとセヴラールの双眸を正面から見据える。
「……」
男の問いにセヴラールが無言を貫いていると、男はわずかに口角を上げセヴラールとの間合いを詰めた。そしてニーナに視線を向ける。
「また会ったな、娘。何かと難癖をつけて逃げるかと思っていたが」
「まさか、私は逃げませんよ」
「よく言った。それでこそアグラシアの娘だ」
そう言い終わると同時に男はどこからか取り出した白いかけらを床にばら撒いた。
「死霊操術」
「……っ!」
ニーナは即座にスカートの内側に忍ばせていた拳銃を抜くと流れるような動作でセーフティーを外す。男の呟いた呪文が骨片に干渉し無数の魔法陣が展開され、八体の骸骨がニーナの前に立ち塞がった。骸骨の手には無骨な剣が握られており、数メートル離れていても強い殺気を感じる。
ニーナは迷うことなく引き金に指をかけ、力を込めた。一発たりとも外さないよう慎重に、しかし自身の感覚を信じて撃ち続ける。数秒の間に八体の骸骨をすべて粉砕したニーナはその銃口を男に向けた。
「やるな、ASSで対抗していれば傷一つつけられなかったというのに」
だが男は銃口に臆することなくニーナに向かって突っ込んでくる。ニーナは急所を外して発砲するものの男は全く怯まない。そのうち先ほど八発も撃ってしまっていたニーナの銃はすぐに弾切れを起こした。リロードの隙も与えられず間合いに踏み込まれたニーナは銃を捨てると、男の上段回し蹴りを上体を反らしてギリギリで躱す。しかし体勢を崩してしまったニーナの鳩尾に男の拳が叩き込まれた。
「か、はっ……!」
肺からすべての空気が吐き出され、ニーナは膝から崩れ落ちる。
「ニーナ!」
「だ、め。手、出さないで!」
流石に看過できずセヴラールが止めようと声を上げるがニーナは首を横に振り、ポケットの中からASSを取り出して展開した。そして男に向け乱射する。男は射線から逃れると骨片をばら撒いて次なる骸骨を生み出した。実銃よりも威力の低いASSでは骸骨を粉砕することはできない。が、それでいい。
片手で引き金を引き続け、その隙に投げ捨てた拳銃を回収する。そして右手で弾倉を捨てると続いてASSを手放し予備弾倉を叩き込む。男は初めて焦ったように瞳を見開くと次の骸骨を生み出そうとするが、間に合わないと悟るやいなや放たれた銃弾を右手で受けた。銃創から鮮血が噴き出し男の腕が不自然に跳ねる。ASSと違い実弾が着弾する衝撃は凄まじい。
ニーナはゆっくりと立ち上がると血の滴る自身の腕を無感情に見つめている男に銃口を突き付けた。
「まだ、続けますか?」
「無論、と言いたいところだが想像以上だ。こんなお遊びで手折ってしまうには惜しすぎる。お前とはいずれふさわしい場所で決着をつけることにしよう」
そして二人の激闘を固唾を呑んで見守っていたセヴラールに視線を向ける。
「強いな、お前の娘は」
「あぁ、俺の唯一の自慢だ」
「今日はもう帰っていいぞ。久しぶりに楽しめた」
「そうさせてもらうよ。ニーナ、行くぞ」
セヴラールはまだ警戒しているニーナの肩を押し教室の扉に手をかけた。その後ろ姿を見送りながら男――アルヴィス・チェスカーは笑みを浮かべる。
アルヴィスは一年前、決闘に新入生を巻き込んだことで学院側から謹慎を命じられそのまま留年した。だが決闘相手の少女は真面目に授業に出席することで何とか進級できたらしい。
「俺も、今年は退屈な授業に顔を出すとするか」
あの少女がいるならば、代わり映えのしない学院生活も少しはましなものになるだろう。そう考えてしまうほどにアルヴィスは少女のことを気に入っていた。コーヒーカップの中身を一息で飲み干し、アルヴィスは続けて口を開く。
「どうやら貴様の周りは問題が山積みのようだな、徒雲」