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第4話

 翌朝、ウェルキエル帝国学院学生寮とある一室にて。


「ニーナさーん、そろそろ起きてください。遅刻してしまいますよ!」


 黒髪黒瞳の少女、ユーフィア・フォーマルハウトは半泣きの表情でルームメイトの身体を揺すっていた。だが、昨日少し休むと言って目を閉じてから一度も目を覚ましていない銀髪の少女は一向に起き上がる気配がない。


「ニーナさん!」


 ユーフィアがもう一度名前を呼ぶとニーナ・アグラシアはようやく薄目を開けた。


「……ん。セヴ、私はまだ眠いの。あと……五分だけ……」

「どなたと間違えてるんですかッ?」


 完全に寝ぼけているのか、ニーナはそう言ってまた布団を被ってしまう。ユーフィアは最終手段としてニーナの手から毛布を奪い取った。


「もう八時過ぎてるんですよ、初日から授業に遅れてしまいます!」


 すると今度こそ目が覚めたらしいニーナはゆっくりと上体を起こした。そしてユーフィアの姿を視認すると数秒硬直したのちに口を開く。


「…………誰?」

「同室の! ユーフィア・フォーマルハウトです! 思い出してください!」

「……あぁ、ユーフィア。おはよう、わざわざ起こしてくれたの?」

「はい……」


 心なしか少しやつれ気味のユーフィアに首を傾げながら、ニーナはベッドから降りた。入学式の時に着ていた制服のまま眠ってしまっていたため、準備は特に必要ない。朝食は食べずにギリギリまで寝ていたい派だし、髪を結べという校則など存在しないためこのままで問題ないだろう。


 初日はガイダンスのみだったと記憶しているし、持ち物も必要ない。万一の事態に備え鞄の中から複数のASSを取り出しポケットに突っ込めば朝の支度は完了だ。早く早くと急かすユーフィアに続いて部屋を出ると、時折足を踏み外しそうになりながら長い階段を下っていく。寮の外に出て石畳の通路を進み、校舎へ向かう道中ニーナはポツリと呟いた。


「……遠い」


 学園の敷地は無駄に広いため、とにかく移動に時間がかかる。結局二人が教室に滑り込んだのはチャイムが鳴る三分前だった。すでに大半の席が埋まってしまっており、ニーナは仕方なく最前列に腰を下ろす。ユーフィアもニーナの隣の席を選んで座った。


「ちょっと緊張してきましたね……。担当の先生はどんな方なのでしょう? あまり厳しくない人だといいのですが……」

「それならまず大丈夫よ。厳しいどころか緩すぎるくらいだから」

「……? そうなのですか?」

「えぇ」


 机に突っ伏して授業開始前から寝る体勢を整えているニーナが首肯する。そうこうしているうちに授業の始まりを告げるチャイムが鳴り響き、一人の男性教諭が姿を現した。


「お、揃ってるな。じゃあ早速授業……といきたいところだが今日は概論だけだ。それも午前で終わる」


 そう言いながら教壇に立った男性教諭は生徒たちを見渡すと自己紹介を始める。


「俺が六年間お前たちを担当することになるセヴラール・アグラシアだ。呼び方は何でもいい。好きに呼んでくれ」

「……アグラシア?」


 するとユーフィアが隣に座るニーナへ視線を向けながら小首を傾げた。ニーナは薄目を開けてユーフィアを見ると悪戯っぽく微笑んで見せる。


「私の養父」

「……驚きました。まさかニーナさんのご家族が先生だったなんて」


 ユーフィアが私語を咎められない程度の小声を意識して口元を抑えた。そんな心配は無用だというのに。


「まず授業の進め方に関してだが……午前の一限から四限が実技、午後の五限と六限は座学が中心になると思ってくれ」


 ウェルキエル帝国学院では入学前に実技科と座学科、どちらかを選択することができる。実技を選んだ場合は戦闘訓練や実践演習を多く行い、座学を選んだ場合は講義を受けたり後方演習訓練がカリキュラムに組み込まれるのだ。


「実技の授業では手始めにクラス内で模擬戦を行ってもらう。誰と組むかは自由だがこの勝敗も成績の一部として扱われるから相手選びは慎重にな」


 ニーナはセヴラールが実技科を担当するという理由だけで専攻科目を即決した。より厳密に言えば実技科はニクラスに分けられておりどちらのクラスに配属されても不思議ではなかったのだが、その辺りは学院長が融通を利かせてくれたのだろう。


 むしろもう一方のクラスに配属された暁には、怒り狂ったニーナが手榴弾で学院長室の扉を吹き飛ばし室内に向けて満遍なく小銃で銃弾をお見舞いしたはず。それを考えれば妥当な判断だ。


「座学はASSの起源や兵科、戦術、その他諸々を学ぶ。できる限りわかりやすく嚙み砕いて説明するつもりだし、座学科の連中ほど掘り下げる項目はないから安心しろ」


 セヴラールはそこで一度言葉を切ると黒板に一枚の紙を貼り付けた。


「次は定期考査についてだ。帝国学院が三学期制なのは知っているな?」


 ウェルキエル帝国学院では一学期と二学期に二回ずつ、三学期に一回試験がある。中間試験では実技、期末試験では座学のテストを行い、三学期の学年末試験では試験日を二日間設けるのが通例だ。特に決まりはないものの一日目に座学、二日目に実技試験という流れが多い。


「実技試験の内容は試験日の二週間前に発表される。基本的に一年生のうちは大きな怪我に繋がる試験はほとんど実施されないから気楽に取り組め。危険度が跳ね上がるのは四年生になった辺りからだ」


 そこから先は実地演習、つまり実際の戦場で試験を行うこともある。ここ数年、戦況悪化が著しい帝国はまだ育ちきっていない学生でも試験の名目で最前線に駆り出していた。


「まぁ、それは何年か後の話だし一年の間は学院生活を楽しめばいい」


 と、やや重くなってしまった空気を変えようとしたのかセヴラールが軽く言った。だが、すでに覚悟を決めている一部の生徒に動揺は見られない。


 かく言うニーナもそちら側の人間だった。望まぬ入学とはいえ、文句を言って状況が好転するならば苦労はしない。事前にそう割り切ってしまっている。隣のユーフィアもあまり怯えてはいないようだった。


「ここまでで何か質問がある奴はいるか? いなければ今日はもうこれで解散にするが」


 セヴラールの問いかけに手を挙げる生徒はいない。それを見てセヴラールは解散を宣言した。初日から最前列でまどろんでいたニーナもユーフィアに肩を揺すられて顔を上げる。


「……んぅ、終わった?」

「お前な、少しは起きる努力をしろよ。俺じゃなかったら大問題だぞ」

「ちょっと、変な言いがかりはやめて頂戴。私は寝てなんていないわ。ただ目を閉じて瞑想していただけよ」

「嘘つけ、さっきフォーマルハウトに起こしてもらってただろ! そもそも授業中に瞑想すんな!」


 至極最もなセヴラールの主張も軽く受け流し、ニーナはさっさと席を立つ。


「命がけの戦場においては、冷静さを保つことが長く生き残る秘訣である。いつもセヴが言ってることじゃない」

「それとこれとは話が別だ! そもそもここは戦場じゃない! 自主練なら授業時間外にやれ!」

「ま、まぁまぁ。ニーナさん、朝も食べていらっしゃいませんでしたし食事に行きませんか? 食堂があるようですから」


 教室で口論を始めた二人をなだめるようにユーフィアが間に割って入った。だがニーナは首を横に振る。


「悪いけど、私はセヴと食べるから。遠慮させてもらうわ」

「そ、そうですか。わかりました。では、私はこれで失礼します」


 ユーフィアはわずかに肩を落としたものの、すぐに笑顔で頭を下げると教室を去っていく。どことなく哀愁を感じる背中を眺め、セヴラールはため息をついた。


「なんで断っちまうんだよ。フォーマルハウトと食べればいいだろ」

「別に、理由なんてない。そんなことより私たちも早く行くわよ」


 半ば強引に手を引かれながらセヴラールは苦笑する。この少女の友人作りは、ひどく難航するに違いない。

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