第40話
同日、ライロレーブ市にて。ニーナはなぜかディアネットが仮宿として使用している民家に招かれていた。協商連合の航空魔導師は既に撤退している。作戦本部の読み通り、一撃離脱狙いだったようだ。
「コーヒー淹れるけど、お砂糖どうする?」
「……あの、お構いなく」
「遠慮しなくていいのよ」
「……」
遠慮などしていない。毒を混ぜられるのが怖いだけだ。とは言えず、ニーナは気づかれないようにため息をつく。
「……では、五つほど」
「甘党なのね」
「……」
余計なお世話だと普段のニーナなら罵倒してみせるところだが、やはりそれはできない。言いたいことを口にできないことがこんなにも人体にとってストレスになるとは思わなかった。
『あなた、チェスカー先輩のお気に入りよね?』
つい先ほど吐き出された言葉がニーナの頭の中で反芻する。あれは、どういう意味だったのだろうか。
「はい、どうぞ」
「……ありがとうございます」
黒い液体が並々と注がれたマグカップを眺めニーナは軽く頭を下げる。ディアネットはニーナの対面に座りコーヒーに口をつけた。
「無口なのね」
「そういうわけでは……」
「チェスカー先輩は面白い子だって言ってたけど」
「……」
まただ。ディネットはアルヴィスのことばかり口にする。ニーナは思い切って俯いていた顔を上げた。
「あの……私は、チェスカー先輩と面識はほとんどありませんよ?」
「でも、決闘したんでしょ?」
「あれは……」
決闘と言えるのだろうか。ただの、お遊びではないのか。
「小競り合い、です」
ニーナはそう答えを出した。自分なりの、答えを。
「……ふーん」
ディアネットは何かを探るようにニーナの瞳を見つめる。そして、言った。
「私ね、チェスカー先輩が好きなの」
「…………」
そんな気はしていたが、まさか堂々と宣言するとは。ニーナは返す言葉が見つからず視線を彷徨わせる。
「殺してほしいくらい、好きなの」
雲行きが怪しくなってきた。ニーナの背筋を嫌な汗が伝う。
「ねぇ、あなたにわかる? この気持ち。私は五年前からずっとチェスカー先輩が好きなのに。ぽっと出のガキに奪われるなんて許せない。許せるわけないでしょう? ねぇ……」
「ちょ、あの……落ち着いてください。私は別に……」
命の危険を感じたニーナは思わず椅子から立ち上がって後退る。だがすぐに壁際まで追い詰められてしまった。
「あなた、チェスカー先輩のことどう思ってるの。嘘はなしよ」
「どうも、思っていません……ただの先輩です……」
「……そう。ならいいの」
ディアネットは一度目を閉じると一変して優しく微笑み背を向ける。その完璧な笑顔にニーナは思わずぞっとした。
「でも、私の恋路を邪魔したら……許さなくってよ。もう帰っていいわ」
一瞬、彼女から漏れ出た殺気は本物だった。ニーナの背筋を凍らせるほどに。
「……っ。お邪魔しました」
ニーナはそそくさとディアネットの仮宿から撤退する。その後ろ姿を、ディアネットはいつまでも見送っていた。




