第3話
私物などほとんど入っていない鞄を手に、ニーナは女子寮の廊下を進む。ニーナたち新入生の部屋は三階の二人部屋だ。ルームメイトと上手くやっていける自信が微塵もないニーナは鞄を肩にかけ、不安を胸に階段を上がる。
「三〇五号室……三〇五号室……」
ドアプレートに割り振られている番号を一つ一つ確認しながら歩いていると、目的の部屋はすぐに見つけることができた。ノックするべきか一瞬迷ったものの、今日からは自分の部屋でもあるのだからと考え直しドアを開ける。室内では黒髪の少女が荷解きを行っていたが、ニーナに気が付くと礼儀正しく頭を下げた。
「同室の方、ですよね。初めまして、ユーフィア・フォーマルハウトと申します」
「ニーナ・アグラシアよ。よろしく」
「はい、よろしくお願いいたします」
素っ気ないニーナの挨拶に気分を害した風もなく、ユーフィアと名乗った少女は柔らかな微笑みを浮かべる。ニーナは二段ベッドに視線を向けると下のベッドに鞄を置いた。
「私、こっちがいいのだけれど」
「あ、はい。どうぞ」
ユーフィアはニーナを一瞥し、反りのある刀剣を大切そうにベッド脇に立てかける。帝国ではあまり知られていないが、極東の地では主流の武器だったはずだ。セヴラールに聞かされて知識としては知っていたが実際に目にするのは初めてであり、物珍しさから思わず仔細に観察してしまう。するとニーナの視線に気が付いたのかユーフィアが刀に触れながら口を開いた。
「今時珍しいですよね、実体のある剣なんて。普通はASSを使うのでしょうが……」
ASSとはリソタイトと呼ばれる鉱物を加工した新型兵装であり『Assault Superior Stone』の頭文字を取った略称で呼ばれている。これは世界を牽引する技術大国と謳われるステファン帝国ならではの武装と言えた。
魔術適性を持つ人間が生まれながらにして体内に宿している接続回路を励起させることによって実体を持つASSは、今や戦場の主役となりつつある。実体化させなければ小型かつ軽量で、携帯が容易なこともASSの急速な普及を助長したのだろう。
だが、そんなASSとは裏腹に既存の兵器は徐々に衰退し始めている。もちろん最前線ではいまだに戦車や対空砲などが用いられているが、個人の戦闘力を底上げするため軍の方針でASSの併用が推奨されているのだ。帝国学院でもその扱いを初歩から学ぶため、申請済みのASSはいくらでも持ち込める。
「確かに刀は珍しいけれど、あなたの場合はASSと相性が悪いだけでしょう? 武闘大会の時も刀一本で優勝していたものね」
「……もしかして、私のことご存じだったのですか? なんだか少し、気恥ずかしいです」
ユーフィアの言う通り、ニーナはこの少女のことを知っていた。剣術の名門、フォーマルハウト家に生を受けた稀代の天才剣士。二年前の武闘大会において現役軍人を一切寄せ付けることなく圧勝した才女。あの大会以来、ユーフィアの知名度は帝国国内でもトップクラスであり世界有数の剣士として将来を嘱望されている。
セヴラールがニーナを特別推薦枠に捻じ込むまで、今年の推薦入学はほぼユーフィア・フォーマルハウトで決まりだったくらいだ。その席を奪った張本人がニーナであると、この少女は理解しているのだろうか。もし、知っているのだとしたら流石のニーナとてやや気まずい。
「あれ? ニーナさん、もうお休みに?」
と、ベッドに転がったニーナを見てユーフィアが首を傾げる。ニーナは横目でユーフィアを一瞥すると静かに目を閉じた。
「ただ少し休むだけよ。明日からは忙しくなるんだし、あなたも荷解きなんて後にして早いうちに寝てしまいなさい」
休むだけと言いながら、睡魔は容赦なくニーナに襲い掛かってくる。これはまずい。起きられなくなるパターンだ。それをわかっていてなお、ニーナの意識は眠りの世界へと誘われていった。