第31話
上層エリアの入り口と、下層エリアの出口のちょうど中間部に、医務室はある。決闘上等のウェルキエル帝国学院において聖域とされ、唯一一切の争いが禁止されている不干渉地帯だ。そして一風変わった治癒能力者の城でもある。
「おや? セヴラール・アグラシア、今日は生徒のお見舞いで?」
「あぁ。ニーナとユーフィア、大丈夫か?」
セヴラールが医務室の扉を開けると緑髪の少女がオーバーサイズの白衣を引きずりながら顔を出した。相変わらず胡散臭いことこの上ない見た目だが、これで帝国が誇る最高位の治癒能力を持っているのだから人は見かけによらないものだ。
「どうぞ、こちらへ」
少女に案内されてカーテンを開けるとベッドが二つ並べられニーナが眼帯をつけた状態で振り返る。ユーフィアは眠っているのかゆっくりと胸が上下していた。
「遅いわよ、セヴ」
「悪い、傷はどうだ? まだ痛むか?」
「痛み止め打ってるから平気。でも一週間は眼帯つけてろって」
「心配しなくとも視力に影響はありませんよ」
と、少女がセヴラールの後ろから割って入る。手には数本の注射器が握られていた。
「まったく……患者が多くて困りますねぇ」
「ユーフィアは?」
「全身麻酔で眠っているだけですよ。起きたら痛みでのたうち回る羽目になるでしょうから」
「……そうか。どのくらいで動けるようになる?」
少女はユーフィアに繋がれている管を弄りながら口を開く。
「大体二週間かと」
「わかった。頼む」
「それと、彼のことですが」
そう言って少女は隣のカーテンを指差した。
「この忙しい時に怪我人を増やされては困りますよ?」
「……まさか」
嫌な予感がしてカーテンをそっと開けてみると、一人の男と目が合う。男はセヴラールの姿を見つけると口角を上げた。
「……やっぱりお前か、アルヴィス」
「あぁ、来たのか。アグラシア」
「医務室にお前が何の用だ?」
「見ればわかるだろう」
アルヴィスはベッドの上で一枚の紙と睨み合っている男を一瞥する。男――ベレス・ラシアイムは羽ペンを握り締め舌打ちした。
「負け犬の顔を拝むついでに、俺を深層迷宮から追い出した代償を払わせてやろうと思ってな」
ベレスが今まさに書かされようとしている書類はアルヴィスの推薦状だ。一体どうやってアルヴィスを迷宮から立ち退かせたのか疑問に思っていたのだが、推薦状を書くという条件を取り付けていたらしい。
「ほら、さっさと書け」
躊躇しているベレスのベッドをアルヴィスが蹴り飛ばす。それを見かねた少女が気まずそうに声をかけた。
「あのー……医務室で暴力沙汰は……」
「女医風情が何様のつもりだ?」
しかしアルヴィスに一睨みされそそくさと退散していく。セヴラールは思わず苦笑した。
「おいおい、ちゃんと注意しろよ」
「言って聞くと思います?」
「思わねぇな」
「そういうことです」
そうこうしているうちにアルヴィスは投げ捨てられたサイン済みの推薦状を受け取り、乱雑にカーテンを閉める。そしてニーナの眼前に立つと顎を持ち上げ強制的に視線を合わせさせた。
「おい……!」
セヴラールの制止も聞かずアルヴィスはニーナの唇をゆっくりと指で撫でる。
「今回の試験では災難だったな。正直、死んでもおかしくないと思っていた」
「何が……言いた……」
「ますますお前に興味が湧いたというだけの話。次は、この俺が直々に相手をしてやる。いつになるかはわからんが、楽しみにしておけ」
意味深な台詞を残し、アルヴィスは医務室から去っていった。