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第27話

 大広間を駆けるニーナの背後で、大量のマナが収束していく。ユーフィアは刹那の間に呼吸を整えると居合の構えを取り、躊躇することなく抜刀。抜き放たれた白刃から銀閃が迸る。だが、その斬撃はケルベロスにかすりもしない。


 次の瞬間、唐突にケルベロスが標的をユーフィアからニーナへと変更した。ユーフィアの斬撃を搔い潜ったケルベロスが、自身に肉薄するニーナへと襲い掛かる。ニーナは《ステファンの五つ子》を投擲すると、背後に跳んでケルベロスの射程範囲から逃れた。


 が、ケルベロスは止まらない。流血することすら厭わずに猛進を続けると、あっという間にニーナとの間合いを詰める。眼前に迫り来るケルベロスの牙。退路を壁に阻まれたニーナは次のASSへと手を伸ばすが、間に合うはずもない。だが、ニーナが負傷を覚悟したまさにその時一発の銃声が轟く。聞き慣れた音だ。ASSではない、実銃の音。


「あなた……」

「リーヴィアさん……!」


 ユーフィアが安心したように、青髪の少女の名を呼んだ。ケルベロスとニーナの間に割って入り、回転式拳銃を右手に構えたリーヴィアは息を吐く。


「ちょっと、何やってんのよ。アンタらしくもない。しっかりしてよね」


 ケルベロスは突然の乱入者に警戒したのか、一度ニーナから距離を取る。その隙にニーナはリーヴィアと合流した。


「……ごめんなさい、助かったわ。セヴがいないと調子が狂って……」


 眼前の少女に命を救われたことにやや遅れて気が付いたニーナは、意識を切り替えると素直に謝礼を述べる。


「何それ」

「しょうがないじゃない。私が死にかけると、セヴは絶対助けてくれたから……」


 心のどこかで、自分は死なないと思い込んでいたのも確かだ。だが、今この場にセヴラールはいない。たとえニーナに万一のことが起こったとしても、セヴラールは助けてくれない。助けられない。


「アンタら、お互いに依存しすぎ。いい加減自立したら?」

「それができたら苦労しないのよね」

「まったく……」


 不機嫌そうにブツブツと呟きながら回転式拳銃をブレイクオープンし、シリンダーに残った薬莢を排出したリーヴィアは、次弾を装填しながらニーナを軽く睨む。


「そんなことより、その回転式拳銃セヴのでしょ。なんであなたが持ってるのよ」


 ニーナが先ほどの発砲音に聞き覚えがあったのは、リーヴィアの使用している回転式拳銃がセヴラールの愛銃だったからだ。


「試験内容が発表された日、召喚獣が出るならあった方がいいって、こっそり渡されたの。ASSだけだと出力が不安だからって」

「なるほど、お人好しなセヴの考えそうなことね」


 納得したように頷き、ニーナは《アルクトゥルスの宝剣》を起動する。


「スピカは何をやっているのかしら?」

「怪我人の応急処置と避難誘導」

「そう。後衛はあなたに任せていい? 前衛がユーフィアだけじゃバランスが悪いわ。あの子は負傷している上に手数も足りないでしょうから、今回は私も前に出る」

「了解」


 リーヴィアの返答を聞き、ニーナは単独でケルベロスと渡り合うユーフィアの元へと駆け出した。直後、ユーフィアがケルベロスの間合いに深く踏み込み、手にした愛刀を大上段から振り下ろす。ケルベロスは鋭い犬歯を剝き出しにして迎撃すると、すかさずユーフィアの刀を牙で受け止めた。


 が、その隙にケルベロスとの距離を詰めたニーナは死角から繰り出した突き技によって、ケルベロスの眼球を潰す。ケルベロスは咄嗟に口を開き、ユーフィアの刀を解放した。


「……ユーフィアは右の首をお願い。私は左を!」

「了解です!」


 簡潔にやり取りを済ませ、二人はほぼ同時に左右に分かれた。しかし次の瞬間、蛇の尾が背後からユーフィアに接近する。目前にのみ集中してしまっているユーフィアはその存在にまだ気が付けない。ユーフィアが殺気を感じて振り返った時にはすでに遅く、二本の毒牙が眼前に迫っていた。


「……っ!」


 迎撃は間に合わないと判断し、背後に大きく飛んで回避するが着地点の石畳が血で滑り、ユーフィアはバランスを崩す。体勢を立て直せずに身体を打ち、ユーフィアは小さく呻いた。それを好機と見たケルベロスが牙を剥き出し、ユーフィアに襲い掛かる。


(まずい、早く立たないと……!)


 だが焦るユーフィアを守るようにニーナが間に割って入り《アルクトゥルスの宝剣》を構えた。


「ユーフィア、大丈夫ッ?」

「は、はい。すみません……」


 直後に轟く銃声。リロードを終えていたリーヴィアの回転式拳銃から計四発の銃弾が吐き出される。的確な援護射撃に舌を巻きながら、ニーナはケルベロスの死角に回り込んだ。


 リーヴィアの銃撃に気を取られたケルベロスは対応が遅れ、ニーナの斬撃に反応できない。胴を薙いだ一撃は、ニーナに確かな手応えを感じさせた。腹を大きく裂かれたケルベロスは、咆哮すると血を撒き散らしながら石畳に倒れ込む。


「……勝った、のですか?」


 その様子を見たユーフィアはゆっくりと立ち上がり、ニーナの隣に並んだ。だが、ケルベロスは再び身体を起こすと怒りを込めてニーナを睨み付ける。ニーナは一度ため息をつくと《アルクトゥルスの宝剣》を構え直した。


「どうやら、まだ消滅してはくれないようね」

「……はい」


 ニーナは《ステファンの五つ子》を二本起動すると、ケルベロスに向かって投擲する。ケルベロスは迎撃することなく身を翻すと、躊躇なくその場を離れた。次に狙う標的は。


「何よ、私相手なら勝てるって?」


 自身を見下ろす凶獣を相手に一歩も引かず、リーヴィアは回転式拳銃を構えると、ケルベロスの足元に向けて発砲する。ケルベロスはわずかに怯んだのかその場で足踏みし、リーヴィアへの突撃を躊躇った。それが、致命的な隙となる。


「さっさと仕留めてよね、ユーフィア」


 リーヴィアの足止めが功を奏し、ユーフィアがケルベロスを異能の射程圏内に捉えた。居合の構えから抜き放たれる刃。直後に銀閃が迸り、ケルベロスの首を一つ斬り落とす。続いて斬られた傷口から鮮血が噴き出した。


 だが、それでもなおケルベロスは止まらない。むしろ首を斬られた怒りを表現するかのように、残った二つの首が咆哮する。そして、ユーフィアに限界が訪れた。


「……あ、ぐ、ぅ……」


 苦しそうに胸元を押さえ、ユーフィアが膝から崩れ落ちる。見れば一時的に塞がっていた傷口が開き、制服の上からでもわかるほど出血していた。決定的な隙を露呈したユーフィアを目掛け、ケルベロスが巨大な前足を振り上げる。


 自身に迫る鋭利な爪を、ユーフィアは呆然と眺めることしかできなかった。リーヴィアの回転式拳銃はすでに弾切れ、ニーナの位置からでは援護が間に合わない。容赦なく振り下ろされた前足はユーフィアの身体を的確に捉え、吹き飛ばす。


「か、はっ……」


 背中から壁に叩きつけられたユーフィアは、血の塊を吐き出すと朦朧とする意識の中、静かに目を閉じた。


※※※


 ユーフィア・フォーマルハウト、出血多量により強制リタイア。

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