第20話
「お二人とも、ご無事ですかッ?」
負傷した生徒を地上へと運び出す教員たちの間を縫って、スピカが飛び出してくる。ニーナはユーフィアの手当をしながら頷いた。
「えぇ、何とか。でもユーフィアはちょっとやられたわ」
「お手数、おかけして、申し訳ない、です……」
スピカの後に続き、リーヴィアやルドウィン、ライオネルも姿を見せる。
「重傷じゃないか! リタイアした方が……」
「い、いえ! このくらい、大丈夫ですから」
ユーフィアは教員にも続行できるか否かを問われ、続行の意思を伝えていた。
「それ、アイツにやられたの?」
と、リーヴィアが気を失っているエリノラを一瞥して口を開く。ニーナはユーフィアの制服を脱がせ、傷口付近のシャツをナイフで裂きながら頷いた。
「そうよ」
「強かったでしょ、アイツ」
「まぁ、そこそこね」
出血している胸部を見て、ニーナはライオネルの方を振り返る。
「悪いんだけど、桶に水を汲んできてもらえるかしら」
「おう! 任せとけ! ルドウィンも行くぞ!」
ライオネルは快く請け負うと、ルドウィンを連れて小走りで去っていった。
「アイツとは、スピカにやらせてやりたかった」
二人の背中が見えなくなったタイミングでリーヴィアがポツリと呟く。
「なんで?」
無視してもよかったが、ニーナはユーフィアから目を離さずに問い返していた。リーヴィアがスピカに視線を向けると、スピカは一度息を吐く。
「実は、彼女とは物心ついたころからのライバルなんですの。とはいっても、私があの子に勝てたことは一度もありませんが。でも、いつか絶対にリベンジして勝つ。そう決めています」
「もう十分早く来ていれば、譲ってあげてもよかったんだけどね」
「今回の試験で矛を交えることは叶いませんでしたが、私たちはまだ一年生。この先いくらでも機会には恵まれることでしょう。ですから、気にしていませんわ」
「そう」
ライオネルとルドウィンが苦戦しながら桶一杯に汲んできてくれた水を、ニーナはユーフィアの傷口を洗うようにゆっくりとかけ始めた。
「ちょっと冷たいわよ。我慢してね」
「はい。う……」
ある程度血液が洗い流されたところで、ニーナは背嚢からタオルを取り出し水につける。固く水を絞って固まった血を拭き取り、乾いたままのタオルで優しく傷口を抑えた。タオルに付着した血の量を見てほとんど出血が止まっていることを確認すると次に包帯へ手を伸ばす。
できれば消毒したいが、あいにく手当用の物資は必要最低限しか持ち込めなかった。わずかな包帯だけ支給されたのがいい例だ。
「大丈夫だとは思うけど、膿んできたり発熱したら強制リタイアよ」
「……わかりました」
ニーナの見立てでは、縫わなければならないほど裂けてはいない。だが、医者の見解次第では数針縫っておきますか? と聞かれかねない傷だ。傷口を保護するようにきつく包帯を巻き、手当を終えたニーナはユーフィアの身体を壁に寄りかからせる。
「私にできるのはここまで。あとはできる限り安静にね」
「はい、ありがとうございます。ニーナさん」
「……見てて思ったけど、随分手慣れてるわね」
一連の処置を見ていたリーヴィアが、背嚢の中身を整理しているニーナに声をかけた。ニーナは野戦糧食を胃に流し込みながら頷く。
「怪我した時の対処法もセヴから教わった。自分の傷を自分で縫ったこともあるわ。セヴが負傷した時も私が縫ったし」
「それ大丈夫なのか? 俺、縫うとか絶対無理」
「僕もごめんだな。血なんて見たくもない」
いまだにユーフィアを直視できない二名は顔を背けて身震いする。
「じゃ、私たちはもう行くから。防衛よろしく」
「ゆっくり休んでくださいね、ユーフィア。では、あとは任せましたよ。ニーナ」
「お、お大事にな! フォーマルハウト!」
「おい、早く行くぞ。グズグズするな!」
顔色一つ変えない女性陣とは裏腹に、ライオネルとルドウィンは二人の元から逃げ去っていく。こんな調子でこの先やっていけるのだろうか。血液程度見慣れているニーナは二人の気持ちを全く理解できずに首を傾げた。